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2015年7月27日 (月)

坂川を歩く ③

2015年7月12日

松戸駅(JR常磐線)・・・一平橋(坂川)・・・堂の口橋・・・派川坂川分岐地点・・・赤圦橋・赤圦樋門・江戸川合流地点・・宝光院・・春雨橋(坂川)・・人道橋・・・松先稲荷神社・・・松戸神社・潜龍橋・・陣屋口橋・・・松龍橋・・・不動橋・・・レンガ橋(小山樋門)・・・中乃橋・・・小山登校橋・・・新開橋・・小山橋・・松戸市小山雨水ポンプ場・・・橋梁工事中迂回・・・(東京外環道(工事中))・・・(常磐線)・・坂川橋・・・坂川親水広場・・上矢切水門・・国分川分水路合流地点・・・中矢切橋・・・丘藤橋・・・矢切橋・・・(北総開発鉄道)・・・野菊の里浄水場・矢切取水場・・矢切水管橋・・栗山橋・・・柳原親水広場・柳原水閘・柳原排水機場・・柳原排水樋管・・柳原水門・江戸川合流地点・・・坂川旧流路・・・江戸川合流地点・・・里見公園・・国府台天満宮・・・国府台ふれあいの道入口・・・泉養寺・・・腹切坂・・・矢切駅(北総開発鉄道)

  【ル-ト地図】(松戸駅(17.8km)→矢切駅(29.3km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1169派川(はせん)坂川(右)分岐地点 《地図

文化10年(1813)からの坂川の流路で、赤圦(あかいり)樋門で江戸川に合流していた。それ以前は前回の長津道橋(昔の一本橋あたり)付近から江戸川に合流していた。

Img_1171木と柵の細い間を抜けて赤圦樋門に向かう。

Img_1180赤圦樋門をくぐって江戸川に合流する。

Img_1182江戸川合流地点

坂川に戻る。

Img_1196宝光院(松戸四国八十八ヶ所お砂踏み霊場)

北辰一刀流を開いた千葉周作の実父、 千葉忠左衛門と、周作の剣の師で義父でもある浅利又七郎の墓がある。千葉周作は少年時代を、奥州街道の栗原郡荒谷村(現大崎市古川)の斗瑩稲荷神社下の屋敷で過ごした。(出生地には諸説あり)
周作15歳の時、松戸宿に移り住んだ。この寺と善照寺の間にあった浅利道場で修業し、後に北辰一刀流を編み出し、神田お玉が池に道場を開き多くの門弟を育てた。

Img_1199春雨橋から下流方向

右に直角に曲がって行く。春雨でなく夕立が欲しい暑さだ。

Img_1205橋が倒れかけているのかと思ったら、NTTの通信設備だった。

松先稲荷神社の参道前を通り、松戸神社を抜けて行く。ここあたりは『松戸市の坂①』でも歩いている。

Img_1229レンガ橋(めがね橋) 《地図

正式名称は「小山樋門」で、江戸川の水が坂川に逆流するのを防ぐために、明治31年に架けられた
千葉県内最古のレンガ製の水門橋。

Img_1241親ガモが堰を越えて下流側に行ったが、子ガモたちは越えられずにウロウロするばかり。

Img_1242端の方から抜けられるカモ?

Img_1243やっぱりダメで、またウロウロ。

Img_1244待ちくたびれた親ガモは堰に上って、子ガモたちの方へやって来て、先頭で上流へと泳いで行った。

と勝手なストーリーを考えた。

Img_1256小山親水水路取水口? 《地図

ここで取水された水が小山浄化施設で浄化され、小山親水水路に流されるのだが、節電で通水してなく、親水路に流れはない。

Img_1260外環道(正面上・建設工事中)

下の橋梁も工事中で右に迂回させられた。

Img_1267今度は常磐線を越えなければならないが、行止りとなる。

坂川は線路下をくぐって行く。

Img_1271手前の橋(跡)を渡って左岸に出てみた。

段差があってよじ登る感じだ。車は通れない。畑で作業中のおじさんに常磐線を越える道を教えてもらう。

Img_1276ここから外環道の下の国道298号沿いの歩道で常磐線をくぐって行く。《地図

Img_1277左は車道で完全に分離されている。

Img_1285右前方は坂川親水広場だが、左前方に予期せぬ水門が現れた。《地図

Img_1293上矢切水門だった。

Img_1294北方向に流れはない。車道下は暗渠になっているのか?

この時点では、上矢切水門について分からず先に進む。後にこの下を国分川と坂川を結ぶ国分川分水路が通っていることが分かった。和名ヶ谷水門から上矢切水門までの2,555mがトンネル区間になっていて、上矢切水門で坂川に流れ込んでいる。

Img_1377説明板(この先の柳原親水広場に設置)

なぜここ坂川に国分川が出て来るのか分からなかったが、下の流路図を見てやっと分かった。それも家に帰ってから。

Img_1378流路図

中央上方あたりが国分川分水路(梨本トンネル流量局と標示)で、坂川に合流する所に上矢切水門がある。

Img_1308坂川(左)・上矢切水門(右)

中矢切橋から上流方向

Img_1310かつら並木沿いを行く。

右前方は北総線の江戸川橋梁

丘藤橋~矢切橋を過ぎて行く。

Img_1325野菊のこみち 《地図

Img_1320矢切の渡しへの道だ。

Img_1321野菊のこみち

松戸市の坂②』で歩いているのだが、すっかり忘れていた。

Img_1328北総開発鉄道をくぐって行く。

祭囃子が聞こえてきた。夏祭りかなと思ったら、江戸川の土手下でお囃子の稽古中だった。

Img_1344矢切取水口 《地図

江戸川の水を取り込み浄水場へ送っている。
江戸川は埼玉・千葉県民・都民の飲料水源だ。『地域の飲み水』(江戸川河川事務所)

Img_1354ちば野菊の里浄水場(矢切取水場内)

Img_1370柳原排水機場(右)

左が柳原水門への流れ

Img_1375正面の樋門が柳原水閘(すいこう)と勘違いして、遠近の何枚も写真を撮った。明治時代に造られたにしては新しく見えると思ったのだが。柳原水閘は左に草に囲まれていた。

Img_1392柳原水閘 《地図

Img_1388説明板

Img_1410柳原水門をくぐって江戸川に合流する。

ここが現在の坂川の終着点

Img_1399柳原排水樋管ゲート(手前)・柳原水門

Img_1398水門前の江戸川

この暑さでは水遊び、舟遊びがうらやましい。

坂川の旧流路をたどる。

Img_1415坂川旧流路(上流方向・江戸川土手から) 《地図

正面前方が柳原排水機場、左が柳原水門。

江戸川河川敷の土手で途切れて、また流れて行く。

Img_1420前方に江戸川が少し見える。

もうここから大した距離ではないが、流れ沿いは歩けそうにない。

Img_1417説明板

Img_1423樹林の間を流れているのだろう。

Img_1428江戸川合流地点 《地図

船の向う側で右から流れ込んでいるようだ。

Img_1429江戸川(下流方向)

里見公園内を通り、国府台天満宮から松戸街道に出て、腹切坂を下り、矢切駅に出た。『市川市の坂①』・『松戸市の坂②

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