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2015年11月22日 (日)

東京散歩(横十間川を歩く)

2015年11月16日

押上駅(東武伊勢崎線)・・・北十間川・・・十間橋・・柳島妙見(法性寺)・・横十間川分岐地点・・柳島橋・・・龍眼寺・・・栗原橋・・・亀戸天神社・・・天神橋・・・錦糸橋・・・総武線橋梁・・・松代橋・・・旅所橋・・・竪川交差地点・・・清水橋・・・猿江恩賜公園(猿江貯木場跡)・・・本村橋・・・大島橋・・・小名木川クローバー橋(小名木川交差地点)・・・三島橋・・左行秀鍛錬場跡・・・岩井橋・・・海砂橋・・・千砂橋・・・野鳥の島(仙台堀川交差地点)・・・豊砂橋・・・井住橋・・・平住橋・・・富士見橋・・木場ポンプ所雨水吐口脱臭塔・・大横川合流地点・・豊木橋(大横川)・・・平木橋(大横川)・・・大島川東支川分岐地点・・舟木橋跡・木場親水公園(大島川東支川跡)・・・築島橋・・・木場橋・・・要橋・・・仙台堀川合流地点・・・平久川分岐地点・・・大和橋(平久川)・・・鶴歩橋・・・汐見橋・・大横川交差地点・・・東富橋(大横川)・・・平久橋・・・古石場川親水公園分岐地点・・・時雨橋・・・石浜橋・・平久水門・・汐浜運河交差地点・・雲雀橋(汐浜運河)・・・白砂橋・・・浜崎橋・・・鴎橋(汐見運河)・汐見運河交差地点・・・白鷺橋・・・枝川橋・・・東雲北運河合流地点・・・八枝橋(東雲北運河)・・潮見運動公園・・・東雲東運河・・・七枝橋(東雲東運河)・・・潮見駅(JR京葉線)

 北十間川との分岐点から南下し、豊砂橋の先で西流して大横川に合流する横十間川を行き、大横川の平木橋の先で北に分岐する大島川東支川跡の木場親水公園を仙台堀川との合流地点まで行く。
 仙台堀川を少し進み南に平久川沿いに入り、東雲北運河の合流地点まで歩く。

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Img_5618神明橋(横十間川)から北十間川との分岐点方向 《地図

柳島橋(正面の先)が北十間川、左が柳島妙見の法性寺。

Yanagisima_2江戸名所百景「柳しま」

手前が横十間川、中央が北十間川、柳島妙見堂、左上は筑波山

Img_5614柳島妙見堂

ビルの一画で、このあたりに昔の面影はない。むろん影向(ようごう)の松の跡形もない。

柳島妙見堂

Img_5619神明橋から南方向

左岸の龍眼寺と亀戸天神に寄る。

Img_5620龍眼寺(萩寺)

木造聖観音菩薩立像

Img_5621説明板

Img_5625庚申塔(万治2年(1659))

江東区内で最古

Img_5632説明板

Img_5630_2子護八起地蔵尊

Img_5644亀戸天神社

亀戸宰府天満宮

Img_5658総武線と松代橋をくぐって行く。

Img_5664竪川交差地点 《地図

竪川が首都高7号の下を東西に流れる。

Img_5667竪川(東方向)

このあたりは工事中だった。

Img_5675猿江恩賜公園(猿江貯木場跡)のミニ木蔵

Img_5677説明板

Img_5678_2説明板

Img_5684小名木川クローバー橋で小名木川と交差する。 《地図

すぐ下流の水門橋の所で江東区マイクロ水力発電が行われている。

Img_5691刀工左行秀(さのゆきひで)作刀旧跡碑(三島橋東詰あたり)

Img_5692説明板

Img_5700野鳥の島 《地図

仙台堀川が東西に交差する。

豊砂橋の先で南から西に流れを変えて行く。

Img_5726平住橋撤去工事の際に川底から引き上げられた丸太。

かつては横十間川にも颯爽と木材を操る川並の姿があった。

Img_5730正面の富士見橋・木場ポンプ所雨水吐口脱臭塔の先で大横川に合流して横十間川は終わる。《地図

Img_5733旧富士見橋の鋼材を使用したベンチ

ここで一休みし、大横川沿いを進み平木橋から大島川東支川に向かう。かつては木場から西の大横川は大島川と呼ばれていた。

Img_5738平木橋から大島川東支川分岐点 《地図

中央の白濁している所から右が大島川東支川で、木場親水公園までは暗渠となっている。

Img_5913上方の木場公園の右に「大島川東支川」がある。

東支川は木場親水公園となったが、西支川は河川として残っている。前回の『大横川を歩く』に記載。

Img_5751木場親水公園を北上する。

Img_5746案内図

大横川から仙台堀川まで

Img_5758仙台堀川へと進む。

Img_5771仙台堀川合流地点 《地図

ポンプ室からの水管が延びている。

すぐ先の平久(へいきゅう)川の分岐点に向かう。

Img_5774直進が仙台堀川、左(南)が平久川

Img_5777大和橋から平久川下流方向

Img_5783大横川が変則的に交差する。《地図

平久川は直進だが、右へ大横川の東富橋に迂回する。

Img_5789津波警告碑(平久橋のたもと)

洲崎神社境内にもう一基ある。『大横川を歩く』に記載

Img_5790説明板

Img_5794中央右の水管の所から古石場川親水公園が分岐する。《地図

『大横川を歩く』に記載

Img_5800平久水門の先で汐浜運河と交差する。《地図

Img_5805水門をくぐった所

Img_5806汐浜運河(正面方向)・平久川は左右方向

Img_5820汐見運河交差地点(正面方向)

平久川は右から左に流れる。

Img_5829枝川橋から東雲北運河合流地点方向 《地図

これ以上合流地点までは近づけないようで、東雲北運河沿いを進み、八枝橋を渡って潮見運動公園に回り込む。

Img_5833東雲北運河合流地点から枝川橋方向 《地図

Img_5834東雲北運河(東京湾方向)

東雲運河沿いを七枝橋まで行き、潮見駅に向かった。

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2015年11月20日 (金)

東京散歩(大横川を歩く)

2015年11月13日

東京スカイツリー駅(東武伊勢崎線)・・東武橋(北十間川)・・大横川親水公園・・業平橋・・・平川橋・・たばこと塩の博物館・・・横川橋・・・紅葉橋・・・法恩寺橋・・・清平橋・・・津軽稲荷神社・・長崎橋・・・総武線橋梁・・・江東橋・・・五柱稲荷神社・・・撞木橋・・・竪川交差地点・・・菊花橋(竪川)・・・南辻橋・・・榎稲荷神社・・・菊柳橋・・・菊川橋・・・(江東区)・・・八百霊地蔵尊・猿江橋・・・小名木川交差地点・・・新高橋(小名木川)・・・扇橋・・・亥之堀橋・・・三石橋・・・福寿橋・・・大栄橋・・仙台堀川交差地点・・・崎川橋(仙台堀川)・・・木場公園・・・茂森橋・・・横十間川合流地点・豊木橋・・・大横橋・・・沢海橋・・・弁天橋(大横川南川支川)・・・西洲崎橋・・・洲崎神社・・・新田橋・・・平木橋・・大島川東支川(木場親水公園)分岐地点・・・平野橋・・・平久川交差地点・・・・汐見橋(平久川)・・・東富橋・・・巴橋・・住吉神社・・・古石場川親水公園・・・石島橋・・・黒船橋・・・越中島橋・・・出世稲荷神社・・・巽橋(大島川西支川)・・・練兵衛橋・・大島川水門・隅田川合流地点・・・永代公園・深川猟師町跡・・・伏見稲荷神社・・・大島川西支川・・・福島橋・佐久間像山砲術塾跡・・・御船橋・・・緑橋・・・松永橋・・仙台堀川合流地点・・・清澄橋(仙台堀川)・・・清澄庭園・・・清澄白河駅(都営大江戸線)

 北十間川から分流し、南下して木場から西流して隅田川にする合流する大横川を途中、支川の大島川南川支川、大横川と平久川を結ぶ古石場川親水公園に寄りながら歩く。隅田川合流地点からは大島川西支川を北上し、仙台堀川との合流地点まで行く。

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Img_5383_5大横川親水公園の船の形の管理事務所 《地図

北側の北十間川から大横川が南に分流する。

Img_5384_2業平橋をくぐって行く。

「業平伝説としばられ地蔵」の南蔵院跡は、この西側の吾妻橋3-6。現在の『南蔵院』(葛飾区)

Img_5389すぐに右側につり堀がある。

ヘラブナ・マブナが釣れるようだ。料金は無料

Img_5391せせらぎ

左(東)側に「たばこと塩の博物館」がある。

Img_5408_2津軽稲荷神社 《地図

もとは津軽藩下屋敷に祀られていた。

Img_5407長崎橋の鋼材の一部

橋の西側の地名が本所長崎町だった。津軽と長崎はここでは近い。

Img_5406説明板

総武線橋梁→江東橋(京葉道路)をくぐって行く。

Img_5412_2五柱稲荷神社 《地図

Img_5415撞木橋跡

橋の西側に「本所時之鐘」の撞木堂があった。

Img_5418菊花(きくはな)橋から竪川 《地図

正面で大横川と交差する。ここまでが大横川親水公園だ。

Img_5420榎稲荷神社 《地図

もとは菊川の堤にあり、土手稲荷と称していたといいう。菊川は大横川のことか、その支流の川か? 今も地名の菊川、都営新宿線の菊川駅がある。

Img_5429菊柳橋から大横川

親水公園も終わって川らしい流れになっている。

菊川橋の先で墨田区から江東区に入る。

Img_5435八百霊地蔵尊 《地図

Img_5433由来記碑

Img_5443小名木川交差地点 《地図

大横川は直進、小名木川は左から右へ。

Img_5446小名木川を渡って振り返る。

Img_5458仙台堀川交差地点(大栄橋から) 《地図

直進が大横川、左から右が仙台堀川。

Img_5468豊木橋の先で左から横十間川が合流する。《地図

Img_5481大横橋から振り返る。(正面は豊木橋)

右から横十間川からの白濁した流れが注ぐ。正面右のコンクリートは「木場ポンプ所雨水吐口脱臭塔」

Img_5485沢海橋のすぐ先で右に西流して行く。《地図

ここから西流する部分はかつては大島川と呼ばれていたが、昭和40年の河川法改正で大横川に併合された。

Img_5486すぐ下流で左に大横川南川支川が分岐する。

Img_5490大横川南川支川(西洲崎橋から) 《地図

正面の水門の先で汐浜運河に合流する。

Img_5492洲崎神社

Img_5494津波警告の碑(寛政6年(1794)頃の建立)

寛政3年(1791)の津波で、当地周辺は多数の死者行方不明者が出た。平久橋(平久川)のたもとにもう一基ある。

Img_5493説明板

Img_5739平木橋から大島川東支川分岐地点 《地図

中央の白濁している所の右方向へ大島川東支川跡が分岐し、木場親水公園となって北上し仙台堀川に合流する。『東京散歩(横十間川を歩く)』に記載。

Img_5504平久(へいきゅう)川(正面)と変則的に交差する。

Img_5510右から左が平久川、正面は大横川の東富橋 《地図

巴橋から南に入り、古石場川親水公園に寄る。

Img_5521住吉神社 《地図

佃島の住吉神社より分霊された小祠

Img_5520由来

Img_5524関口橋(古石場川)から古石場親水公園(平久川方向) 《地図

Img_5527案内板

平久川(右端)まで行き、戻って関口橋(中央)から大横川(左上)まで行く。

Img_5537石の広場

Img_5528「古石場」の由来

今もこのあたりの地名は「古石場」だ。

Img_5531この先の旧進開橋跡の所で平久川にぶつかり引き返す。

Img_5545古石場橋の先で大横川に出る。

Img_5548石島橋から大横川 《地図

左が古石場川親水公園への水管だろう。

Img_5551火の見櫓(黒船橋東詰の北岸)

Img_5553説明板

Img_5558出世稲荷神社(永代2-26-7) 

於芳(おほう)稲荷神社(永代2-22-4)を探していたらここに出てしまった。両社とも民家の間の小社だが地元の人々の信仰が篤いようだ。

Img_5562大島川西支川(手前)合流地点(巽橋から) 《地図

Img_5565大島川水門

耐震補強工事中。この先で隅田川に合流する。

永代公園から隅田川テラスに出ようとするがそこも、「隅田川防潮堤耐震補強工事」(平成27年12月25日まで)で、隅田川には近づけず拍子抜けで、すっきりしないが致し方なし。

Img_5569深川猟師町跡説明板(永代公園の所に設置) 

漁師でなく猟師だ。江戸時代には魚を獲るのを業としていた人々も猟師と記述したのか?

大島川西支川沿いを仙台堀川合流地点まで北上する。

Img_5572伏見稲荷神社 《地図

ここも民家の路地の間で見つけるのに苦労した。

Img_5578大島川西支川(福島橋から北の仙台堀川方向)

Img_5592説明板

東支川は木場親水公園となって、西支川のみが河川として残る。

Img_5579佐久間像山砲術塾跡(福島橋西詰の北側)

Img_5594仙台堀川合流地点 《地図

仙台堀川沿いを進み、清澄橋を渡り、清澄庭園と清澄公園の間を通って清澄白河駅に向かった。

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2015年11月18日 (水)

東京散歩(北十間川を歩く)

2015年11月12日

浅草駅(東武伊勢崎線)・・・浅草観音・・・吾妻橋(隅田川)・・・勝海舟像・・・北十間川・源森川水門・・枕橋・・・源森橋・・・小梅橋・・・南蔵院跡・業平塚伝承地・・・北十間川樋門・大横川親水公園分岐地点・・東武橋・・・おしなり橋・・・京成橋・・・西十間橋・・・十間橋・・・横十間川分岐点・・・境橋・・・福神橋・・龍光寺・・亀戸香取神社・・・吾嬬神社・・・慈光院・・・東武亀戸線橋梁・・・新小原橋・・・旧中川合流地点・・・江東新橋(旧中川)・・・平井駅(JR総武線)

 江戸時代初期に開削された隅田川と旧中川を結ぶ運河の北十間川沿いを行く。

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Img_5211吾妻橋から隅田川上流方向 《地図

正面の東武伊勢崎線橋梁の手前で右に入るのが北十間川

Img_5220源森川水門

以前は大横川の分流点までを源森川といった。
平常時は開放されているが、台風で高潮のおそれがある時や、地震で津波のおそれがある時は閉鎖する。

Img_5223耐震補強工事中

Img_5229枕橋から

Img_5235北十間川樋門(小梅橋から) 《地図

右(南)に大横川(親水公園)が分岐する。小梅橋の南側(吾妻橋3-6)が「しばられ地蔵と業平伝説」の南蔵院跡。現在の『南蔵院』(葛飾区)

小梅堤』(源森川ではないが)

Img_5239大横川親水公園の管理事務所

後ろが北十間川。左側に滑り台がついている。

Img_5384大横川親水公園方向(管理事務所の上から)

業平橋をくぐって続いている。

Img_5252東京スカイツリーの根元を流れて行く。

このあたりは、「押上」と「業平(なりひら)」から「おしなり公園」という。

Img_5263横十間川が南に分岐する。(正面方向) 《地図

柳島橋の右(東)側が柳島妙見の法性寺

Img_5272福神橋から振り返る。《地図

Img_5276亀戸香取神社

「七五三」詣りの家族連れもいる。亀戸七福神の恵比寿神と大黒神。

Img_5275亀戸大根之碑

Img_5274説明板

Img_5281吾嬬(あづま)神社 《地図

祭神は弟橘姫命・日本武尊で、当地の「立花」の由来にもなっている。

吾嬬神社

Img_5289慈光院 《地図

「吾妻弁天」といわれた弁天堂は戦災で焼失した。本堂脇に元禄6年(1693)の庚申塔があるというが見落とした。

Img_5290対岸に『江戸六阿弥陀』の6番の常光寺の屋根と無量寿塔の後ろ姿が見える。

東武亀戸線橋梁と新小原橋(丸八通り)をくぐって行く。

Img_5300旧中川合流地点 《地図

正面は江東新橋

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2015年11月16日 (月)

東京散歩(小名木川を歩く)

2015年11月11日

東大島駅(都営新宿線)・・・中川大橋(旧中川)・中川船番所資料館・旧中川「川の駅」・・小名木川・・・番所橋・・・陶首神社・・・塩の道橋・・・仙台堀川公園分岐地点・・・大島稲荷神社・佐竹神社・・丸八橋・・・砂島橋・・・小名木川旧護岸・・・進開橋・・・小名木川橋梁(総武本線越中島支線)・・・小名木川クローバー橋(横十間川交差地点)・・・小名木川橋・・・猿江神社・・・豊川稲荷神社・・・小松橋・・・扇橋閘門・・・猿江船改番所跡・新扇橋・・大横川交差地点・・・猿江橋(大横川)・・・新高橋・・・大富橋・・・東深川橋・・・西深川橋・・・高橋・・・霊厳寺・・深川江戸資料館・・・清澄庭園・・・三穂道別稲荷神社・・・深川稲荷神社・・・深川神明宮・・・芭蕉記念館・・・芭蕉稲荷神社・・正木稲荷神社・・芭蕉庵史跡展望公園・・・萬年橋・・新小名木川水門・・・隅田川合流地点・・・清澄白河駅(都営大江戸線)

 徳川家康が小名木四郎兵衛に命じて開削させた旧中川から隅田川を結ぶ運河で、行徳からの「塩の道」、江戸近郊からの農作物、東北地方からの米の道、銚子沖で獲れた鮮魚を運ぶ道だった。(魚の運搬ルートは、『木下街道』・『なま道(鮮魚街道)』に記載)
 江戸市中からは成田山や、香取・鹿島・息栖(いきす)の三社詣の信仰・遊覧の道で、芭蕉の『鹿島紀行』の出発水路でもあった。

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Img_5007中川大橋から旧中川 《地図

少し下流で右(西)に小名木川が分岐する。その角に中川番所があった。
右は水陸両用バスの「スカイダック」(skyDuck)

Img_5013旧中川「川の駅」・中川船番所資料館

Img_5010説明板

Img_5029中川番所跡(東京近郊名所図会)

寛文元年(1661)に、江戸を出入りする船を取り締まるために小名木川の隅田川口に置かれていた「深川口人改之御番所」が、(旧)中川・小名木川・船堀川(新川)の交差するこの地(江東区大島9-1)に移転し「中川番所」となった。

Img_6056説明板

Img_6015中川番所(江戸名所図会)

Onagigawa名所江戸百景「中川口」

絵の下の客が乗る2艘の船の所が小名木川、その上の左右の川(左(北)方向は描かれていないが)が(旧)中川、左下隅が中川船番所、上方が船堀川(新川)。

Img_5032小名木川沿いに入る。

この対岸に陶首神社がある。正面は番所橋

Img_5036陶首稲荷神社 《地図

「とうしゅ」と読むのだろうか? ここはパラマウントベッドの敷地内だろう。

Img_5038遊歩道の「塩の道」を行く。

Img_5041仙台堀川公園が南に延びている。《地図

Img_5049大島稲荷神社 《地図

右方に境内社の佐竹神社がある。

Img_5045女木塚(芭蕉句碑)

芭蕉が深川から小名木川を下って門弟の桐奚宅を訪ねる途中で当社に参拝し、「秋に添て行はや末は小松川」の句を詠んだ。

Img_5044説明板

Img_5056砂島橋から隅田川方向

左下に旧護岸が保存

Img_5061旧護岸

左の数字が「かさ上げ」の歴史を物語る。

Img_5059説明板

Img_5063小名木川クローバー橋 《地図

南北に横十間川が交差する。

Img_5068橋上から横十間川(北十間川方向)

Img_5076江東区マイクロ水力発電

横十間川の水門橋(すいもんきょう)の所 《地図
この時は「現在の発電電力」の数字は表示されていなかった。発電出力が小さい時(300W程度)では表示されないようだ。

小名木川橋の北岸に『小名木川五本松』があったそうだ。

Img_5085猿江神社 《地図

八幡太郎義家の家臣の「藤太」(さるのとうた)が、此の地の入で力尽きてしまった。それが当地の地名、神社名の由来という。

Img_5091豊川稲荷神社 《地図

下町には小さな稲荷社が多い。「江戸名物、伊勢屋、稲荷に、犬の・・」か。地方では人口の減少で氏子が少なくなり、廃社や荒廃した神社が増えているそうだ。

Img_5095扇橋閘門地図

小松橋側にもう一基(後扉)がある。見沼通船堀と同じ閘門式運河だ。『見沼代用水を歩く

Img_5097猿江船改番所跡(新扇橋の北詰に設置)

Img_5102大横川交差地点 《地図

右から左が大横川、正面は新高橋で猿江橋(大横川)に迂回して対岸へ進む。

Img_5155霊厳寺地図

霊厳島から明暦の大火(明暦3年(1657))後に当地へ移転した。松平定信の墓がある。それでこのあたりの地名が白河となった。

Img_5160江戸六地蔵の第五番

Img_5158説明板

Img_5189清澄庭園

ここは紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と伝えられているそうだ。

Img_5193ゴイサギが上手に水中の獲物を捕食している。

Img_5196ユリカモメもくつろいでいるか。

Img_5148三穂道別(みつほみちわけ)稲荷神社 《地図

ここも路地の間の小さな社だ。

Img_5146深川稲荷神社

深川七福神の布袋尊

Img_5123深川神明宮 《地図

Img_5125芭蕉記念館

Img_5130芭蕉稲荷神社(芭蕉庵跡) 《地図

Img_5131説明板

Img_5127当地で発見された芭蕉が愛好したといわれる石造の蛙(芭蕉記念館展示品)

Img_5132正木稲荷神社

「おできの神様」の幟が立っている。

Img_5144新小名木川水門(萬年橋から旧中川方向)

Img_5143隅田川合流地点(萬年橋から) 《地図

正面は清洲橋

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2015年11月11日 (水)

中川両岸新六阿弥陀を巡る(右岸)

2015年11月7日

新三郷駅(JR武蔵野線)・・・二郷半領用水・・・三郷団地入口交差点・県道29号(草加流山線)・・・香取神社・・・吉川警察署・・・八条橋(中川・八條の渡し跡)・・(八潮市)・八条橋西詰交差点・下妻街道・・・馬頭観音・・・阿弥陀堂(清勝院)・・・八条橋西詰交差点・・・大経寺・・・(東京外環道)・・・八潮排水機場・綾瀬川放水路・八潮水門・・・上久伊豆神社・・・医薬寺・・・下久伊豆神社・・・宝幢寺・・・氷川神社・・・(共和橋)・・・木曽根排水機場・・中川やしおフラワーパーク・・・本泉寺・・・西蓮寺・・・(つくばエクスプレス)・・・普門寺・・・専称寺・・・伊勢野天満宮・・・島内排水機場・・・垳川(がけがわ)・・・常然寺(第五番)・・・垳稲荷神社・・・八潮駅(つくばエクスプレス)

 中川両岸の各村で阿弥陀講を組織し、春秋の彼岸の中日の翌日に巡拝したそうだ。右岸の六ヵ寺は八潮市にあり、春の巡拝順路は北から南へ、阿弥陀堂(入谷)→大経寺(和耕)→宝憧寺(鶴ヶ曽根)→西蓮寺(下二丁目)→専称寺(南川崎)→常然寺(垳)で、左岸の三郷の香岩寺の僧が先達となって巡ったという。(秋はこの逆コース)
 左岸(東岸)の三郷市の「木おさめ霊場」の西善院の阿弥陀如来像の説明板によれば、中川両岸新六阿弥陀詣りは、明治41年から始まったそうだ。

 今回は右岸の六ヵ寺を春の巡拝と同じく北から南へ巡る。阿弥陀堂、大経寺、宝憧寺は下妻街道沿いにあり、常然寺は垳川(がけがわ)を歩いた時に訪れているので気分的には楽な道のりだ。
 左岸の六ヵ寺は吉川市と三郷市の吉川道沿いにある。

 参考:『八潮市史(民俗編)』・『江戸六阿弥陀』・『新六阿弥陀(越谷市)』

  【ル-ト地図

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Img_4819阿弥陀堂(清勝院) 《地図

六阿弥陀を示す標石などは見当たらず。

ここから下妻街道を南に向かう。

Img_4848大経寺山門と大イチョウ 《地図

円空作の「木造千手観音立像

八潮の昔話『阿弥陀様と朱印状

中川の土手道を行き、東京外環道をくぐる。

Img_4852正面は綾瀬川放水路の八潮水門

Img_4858綾瀬川放水路八潮排水機場(右) 《地図

Img_4870宝憧寺地図

本尊は阿弥陀如来像ではないが。

Img_4869大師堂

天保12年(1841)創建の六角堂で、堂内に天保期の大師像を安置する。

Img_4867説明板

本尊を不動明王としている。『新編武蔵風土記稿』による宝幢寺の縁起では、本尊は正観音像のようだが。
「寺の西側を下妻道が走り・・・」とある。

中川沿いの車道に出る。

Img_4877小さな野仏が河川敷の草むらにひっそりと。

氷川神社の先で下妻街道から分かれ直進し、共和橋をくぐって行く。

Img_4885八潮の夫婦しだれ桜

ここは中川やしおフラワーパークの一画だ。

Img_4892西蓮寺 《地図

猫側の門前に「南無阿弥陀仏」の六字名号塔(慶応3年(1867))が立つ。

Img_4903専称寺 《地図

Img_4906_4弥陀庚申塔

Img_4904説明板

伊勢野天満宮に寄り、中川の土手沿いの車道に出て潮止橋を過ぎ、垳川に向かう。

Img_4919常然寺(五番) 《地図

六字名号塔の左に小さな「両岸六阿弥陀」標石がある。

Img_4920「両岸 第五番 新六阿弥陀」

左岸の六ヵ寺の巡拝を終え、垳稲荷神社から八潮駅に向かった。

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