常滑街道②
2015年12月20日
太田川駅(名鉄常滑線)・・・可家の湊跡・・・(名鉄常滑線)・・・諏訪神社・・今川塚・・・(名鉄常滑線)・・・本川樋門跡・公家緑道・・横須賀御殿跡・・愛宕神社・・大教院・・・玉林寺・・・(名鉄常滑線)・・・二のかけ地蔵・・・(名鉄常滑線)・・・横須賀交差点・国道155号・・・安楽寺・・玉泉院・・妙乗院・・・(知多市)・信濃橋(信濃川)・・・龍蔵寺・・・(名鉄常滑線踏切)・・・薬師堂・・・栖光院・・観音脇池・・・石薬師寺・・・浜脇交差点・・下森橋(美濃川)・・・龍雲院・・・御嶽神社・新知保育園・・・岩之田交差点・・・大龍寺・・・秋葉神社・・・福田寺・・日長神社・・・神山畔橋(日長川)・・・瑞光寺・・・新舞子松原毘沙門堂・・・(新舞子駅)・・・(名鉄常滑線踏切)・・伊勢湾・・・大草排水機場・・新川橋(新川)・(常滑市)・・大野海水浴場・・観音寺・・宝蔵寺・・大野橋(矢田川)・・矢田川水門・・洞仙寺・・十王堂・・東龍寺・・斉年寺・・内宮御祭宮社・・・神明社・・・(西ノ口駅)・・・(名鉄常滑線踏切)・・・蒲池駅(名鉄常滑線)
東海市から知多市に入り、2度も大きく道を間違えてしまったが、新舞子駅の先で伊勢湾沿いに出て常滑市に入った。
【ル-ト地図】(太田川駅(16km)→蒲池駅(42.2km))
写真をクリックすると拡大します。
可家の湊跡 《地図》
この「御洲浜の池」は、万葉集にも詠まれた可家の湊が池となって取り残された跡という。このまま埋め立てられなければよいが。
諏訪神社境内
「今川さん」と呼ばれ、願掛けすると病気が治る」といわれ、信仰を集めるようになったそうだ。
本川樋門跡 《地図》
横須賀入江の公家(こうけ)川の雨水と伊勢湾の海水の合点に造られた樋門跡。今は公家緑道として整備されている。
『尾張横須賀の歴史』
愛宕神社、横須賀町方の北側一帯。
初代は横須賀町方の中程の大教寺にあった。
横須賀町の民話『琴弾松』
横須賀町方の通り 《地図》
愛宕神社の鳥居から玉林斉(現玉林寺)に続く道の両側。正面左は八公組山車蔵
『横須賀まつり~横須賀御殿と町方』
初代の琴弾松があった寺。
「二のかけ地蔵」を探しに行く。
二のかけ地蔵 《地図》?
名前の由来が分からない。
常滑街道に戻る。
小玉姫の祠(小玉塚)を探したが分からず。安楽寺の北側の路地を西に入った所にあるようだ。
知多四国八十八箇所の81番
知多四国八十八箇所の80番
石薬師寺 《地図》
浜脇交差点を右折し、下森橋を渡り美濃川沿いを少し進む。
ここから道を間違え、坊の下交差点の方へ出てしまった。坊の下交差点から新知保育園へ細い道を上り、下って左折し何とか岩之田交差点に出て常滑街道の道筋に入ったが、その先でまた間違えて知多中学校の方へ下ってしまい引き返し、長浦台団地を抜けてやっと本来の道筋に入った。起伏のある道で気分的にもかなり疲れた。(【ル-ト地図】は実際に歩いた道を記載)
長浦台団地を抜けて高台の道に入る。《地図》
人も車の往来のない静かな道で、迷った疲れも少しは癒された。
大龍寺(左) 《地図》
この前を右折し、少し行って左折する。
秋葉神社 《地図》
この先で日長川を渡って行くのだが、川沿いを進み福田寺と日長神社に寄る。
福田寺 《地図》
日長川に戻る。
正面は参宮橋
伊勢湾沿いに出る。 《地図》
知多市から常滑市に入る。
鴨長明が訪れ、「生魚の 御あへもきよし 酒もよし 大野のゆあみ 日数かさねむ」と詠んだといい、古くから潮湯治が行われていた。それで「世界最古の海水浴場」の看板を立てていた。
『あいちの海水浴場のあゆみ』に、「大野の潮湯治」(尾張名所図会)と、「世界最古の海水浴場」の看板(標柱)の写真が載っている。
知多四国八十八箇所の68番
矢田川水門前から矢田川(上流方向) 《地図》
十王堂 《地図》
大野町のイブキか?(右)
斉年寺総門
天正16年移転再建当時のもの。大野城主佐治家の菩提寺。大野城跡は南東方の城山公園になっている。
天正16年(1588)移転再建当時のもの。楼上に十六羅漢を安置。
国宝 雪舟筆「達磨大師二祖慧可断臂図」 (国立京都博物館寄託) 本堂内にパネルが展示してあるようだ。
内宮御祭宮社 《地図》
西ノ口駅を過ぎ、蒲池駅まで行った
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