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2016年10月18日 (火)

東久留米市の坂

2016年10月16日

東久留米駅(西武池袋線)・・・門前大橋(黒目川)・金山坂・・氷川神社①・・庚申塔・・・厳島神社・・・氷川神社②・・・神宝大橋(黒目川)・野猿坂・・庚申塔・・・神山堂公園・堂坂①・・・稲荷社?・・・宝泉寺・・・昭和橋(黒目川)・・・度胸坂・・・庚申塔・・・落合橋(落合川)・燈火坂・・・廻国供養塔・・・地蔵・馬頭観音・・宮前橋(立野川)・・浅間神社・殿山坂・・・落合橋・・・不動橋(落合川)・・不動堂・・・不動坂・・・小沢橋(立野川)・小沢坂・・・(西武池袋線踏切)・・・ひばりヶ丘団地・・・庚申塔・笠松坂・・笠松橋(立野川)・・稲荷社・・・宮前橋(南沢湧水)・・氷川神社③・・南沢水辺公園・・・宮下橋(落合川)・・・毘沙門橋(落合川)・・共立学校跡・・多聞寺・・・(いなり山緑地(黒目川旧流路))・・・曲橋(黒目川)・・・大圓寺・・・子ノ神社・・馬坂・・・堂坂②・・御嶽神社・・石橋供養塔・・中橋(黒目川)・・・落馬橋・陵坂・・・(小金井街道)・・・(新小金井街道)・押出し橋(野火止用水)・・おんだしの坂・・・降馬橋(黒目川)・新小金井街道・・・(下里本邑通り)・・・所沢街道・・くらやみ坂・・・大橋(黒目川)・(下里本邑通り)・・下里の坂・・(出水川(跡))・・界橋(野火止用水)・・・下里六丁目バス停→清瀬駅(西武池袋線)

  【ル-ト地図

Img_9814金山坂(坂上方向) 《地図

門前大橋(黒目川)から北方向に上る坂。坂の東側が金山町。左に氷川神社①

Img_9824氷川神社

Img_9816坂上方向

右に庚申塔(享保19年(1734))

Img_9817説明板

Img_9820坂下方向

Img_9830厳島神社 

Img_9843氷川神社② 《地図

Img_9846野猿坂(坂上方向) 《地図

東久留米市と新座市の境を北方向に上る坂。昔は野猿が出るほどさびしい坂だったと思っていたが、坂下近くにある庚塔の申(猿)による坂名だとか。右に庚申塔の祠がある。

Img_9847三猿の庚申塔

Img_9850坂上方向

Img_9855堂坂①(坂下方向) 《地図

公園の西側を南方向に下る急坂。昔、薬師堂(今は宝泉寺にある?)があったという。

Img_9858坂下方向

Img_9860坂上方向

Img_9862宝泉寺

堂坂①にあったという薬師堂を探すも見当たらず。
東久留米七福神の弁財天

Img_9864石憧六地蔵(右)

子育地蔵(左)には子どもが3人すがりついている。

Img_9863説明板

昭和橋で黒目川を渡る。

Img_0010度胸坂(坂上方向) 《地図

南方向に上る坂。昔はこの坂を大八車で下りられる人とか、夜一人で通れる人は度胸があるといわれたという。今は短く傾斜もゆるく、坂ともいえないような道になっている。

Img_0018庚申塔(文久3年(1863)・祠内の右) 《地図

Img_0014説明板

Img_0016邪鬼というより、いたずらをしてこらしめられている悪ガキ(餓鬼)のようだ。

Img_0022落合橋から落合川

Img_0023燈火坂 《地図

落合橋から南西方向へ上る坂。この坂を通る狐の嫁入りの行列の提灯の火がチラチラしてたので燈火坂とか。昔は木々に覆われてさびしい、狐狸妖怪の出るような坂だったのだろう。

Img_0025坂下方向

Img_0027廻国供養塔(宝暦13年(1763)) 《地図

讃州(香川県)からの六部が建立した供養塔。

Img_0028説明板

Img_0031地蔵と馬頭観音 《地図

地蔵は宝暦8年の建立で、廻国供養塔より以前の造立だ。馬頭観音には?化9年の銘がある。

Img_0039浅間神社

旧落合村(浅間町)の鎮守

Img_0043殿山坂 《地図

浅間神社の東側を南方向に上る坂。殿様(小野氏)の山へ上る坂。

Img_0045坂上方向

Img_0049坂下方向

落合橋まで戻り、上流の不動橋まで行く。

Img_0060不動堂(不動坂の北側)

右が文政9年(1826)の不動明王

Img_0061説明板

Img_0064不動坂(坂上方向) 《地図

不動橋から南方向に上る坂。

Img_0066坂上方向

Img_0069坂下方向

Img_0082小沢橋から立野川(下流方向)

Img_0083小沢坂(坂上方向) 《地図

小沢橋から南西、南東に上る坂。

Img_0085坂下方向

Img_0086坂上方向

Img_0094西武池袋線の踏切を渡る。

Img_0098学園町の通り

木々に覆われ気分のいい道だ。

Img_0100ひょろりと伸びた松

このあたりには松の大木が多い。

ひばりヶ丘団地の北側を進む。

Img_0106笠松坂上 《地図

3代目の笠懸松と庚申堂。在原業平が東下りの折に、笠を懸けた松という。
業平伝承の地は、落語『千早振る』で。

Img_0108庚申塔(元禄7年(1694))

Img_0107説明板

Img_0116笠松坂(坂下方向)

笠松坂交差点から北方向に下る坂。

Img_0119坂上方向

Img_0124笠松橋から立野川(下流方向) 《地図

立野川は小沢橋から浅間神社の東側を流れ、落合川に注いでいる。

Img_0132氷川神社③

宮前橋(南沢湧水)から 《地図

Img_0134南沢湧水からの流れ

Img_0137説明板

Img_0141氷川神社③

旧南沢村の鎮守

Img_0154毘沙門橋から落合川下流方向 《地図

Img_0157共立学校跡

多聞寺前

Img_0156説明板

Img_0166多聞寺山門

東久留米七福神の「毘沙門天」

Img_0163説明板

Img_0170いなり山緑地 《地図

黒目川の旧流路跡

曲橋で黒目川を渡る。大圓寺・子ノ神社は『黒目川を歩く』に記載

Img_0177馬坂(坂上方向) 《地図

小山1丁目と2丁目の間を北に上る。坂の途中に「ねの坂西駐車場」がある。「子(ね)の坂」とも呼ばれているかも。

Img_0179坂下方向

坂上に地頭の矢部藤九郎の屋敷があったという。

Img_9610矢部藤九郎の墓

大圓寺境内

Img_0186堂坂②(坂下方向) 《地図

中橋(黒目川)から北方向に上る坂。薬師堂?があったのか?

Img_0193御嶽神社

坂の途中の東側

Img_9586坂上方向

坂下に石橋供養塔・力石がある。『黒目川を歩く』に記載

Img_0203陵坂(坂上方向) 《地図

落馬橋(黒目川)から北方向に上る坂。途中の東側に共同墓地がある。

Img_0205坂下方向

Img_0212野火止用水(押出し橋あたり)《地図

Img_0221おんだしの坂(坂下方向) 《地図

降馬橋(黒目川)から北方向に、野火止用水の「押出し橋」あたりまで上る坂。

Img_0225坂上方向

降馬橋(黒目川)から新小金井街道へ進み、所沢街道(県道4号)に入る。

Img_0234くらやみ坂(坂上方向) 《地図

下里1丁目と2丁目の間を上り下りする坂で、昔は木々が覆いかぶさる暗い坂だったという。今は明るいただの車道で傾斜もゆるい。

Img_0239坂下方向

Img_0245下里の坂(坂上方向) 《地図

大橋(黒目川)から北西方向に、野火止用水に上る所沢街道の坂だが、この坂もゆるやかな坂になっている。

Img_0248出水川(暗渠) 《地図

本邑橋(新小金井街道)手前で黒目川に合流する。

Img_0254坂下方向

坂上から下里六丁目バス停に出て清瀬駅に向かった。

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