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2017年2月28日 (火)

東京散歩(西新井大師道・十条板橋道)

2017年2月4日

田端駅(JR山手線)・・・道標①・・・第三下田端踏切(東北回送線)・・(JR東北本線)・・明治通り・道標②・・(荒川区)・旧小台通り(小台銀座通り)・・長谷寺・・条里の遺跡碑・・・小台駅(都電荒川線)・・・小台橋みずき通り・・・小台の渡し跡・小台橋(隅田川)・(足立区)・・・扇大橋(荒川)・・・地蔵堂・・・三嶋神社・・・(都道58号)・・・不動堂?・・・阿弥陀堂・・・胡録神社・道標③・・都道307号・・・あみだ橋交差点・・・環七通り・・・氷川神社①・・・西新井大師・・・浅間神社・・・(都道58号・日暮里舎人ライナー)・・・日枝神社・・・北野稲荷神社・・・宝蔵寺・・・天祖神社・・・鹿浜校趾公園・・・氷川神社②・・・鹿浜虫切り(小宮鍼灸院)・・・鹿浜橋(荒川)・・・新田稲荷神社・・・新神谷橋(隅田川)・(北区)・・・道標④・自性院・・・馬坂・・平和橋(JR京浜東北線)・旧馬坂跡・・清水坂上・日光御成道交差地点・八雲神社・道標⑤・・・富士見橋(JR埼京線)・・・日枝神社・・・庚申塔・・・北ノ台スポーツ広場・道標⑥・・・道標⑦・姥ヶ橋延命地蔵・・・(板橋区)・・・旧中山道合流地点・・・板橋本町駅(都営地下鉄三田線)

 田端駅近くの道標から西新井大師まで行き、環七通り沿いを十条から板橋の中山道との合流地点まで行く。
 北区→荒川区→足立区→北区→板橋区へと道標などをたどりながら進んで行く。

   参考:『北区 古い道とみちしるべ』・『郷土の歴史・文化マップ』(北区教育委員会)  

  【ル-ト地図

Img_4660道標①(文政11年(1828)) 《地図

「右 六阿弥陀 西新井弘法大師道 □先船わたし場十一丁」・「左 王子道」

六阿弥陀詣りの時もここを通った。船わたし場は小台の渡しのこと。

Img_4667道標②(昭和48年) 《地図

「右 西新井大師道」を進む。
「左 王子稲荷道」は、明治通りを王子稲荷神社へ向かう新しい道。

荒川区に入る。

Img_4670長谷寺

民家風の寺だ。

Img_4672旧小台通り(小台銀座通り)を北上する。《地図

Img_4676条里の遺跡碑 《地図

Img_4675説明板

Img_4681小台駅

都電荒川線を横切って行く。

Img_4684小台橋・小台の渡し跡・隅田川 《地図

橋の手前を左に入った所に説明板があるというが、見当たらなかった。
下流には「新渡し」・「お茶屋の渡し」(お竹の渡し)があった。『東京散歩(足立区②)』に記載

足立区に入る。

Img_4688扇大橋(荒川)の上を渡って行く日暮里舎人ライナー

こちらも扇大橋まで行き荒川を渡る。

Img_4698地蔵堂

現在は吉祥院の境外仏堂という。

Img_4699三嶋神社 《地図

左端は門外漢の仁王か?

Img_4700足立区内で唯一の仁王型庚申塔 (元禄10年(1697))だそうだ。

仁王型庚申塔は初めて見た。

扇大橋駅(日暮里舎人ライナー)下の尾久橋通りを斜めに横切って行く。

Img_4706不動堂?

Img_4712阿弥陀堂 《地図

ここも吉祥院の境外仏堂という。

Img_4720胡録神社 《地図

Img_4714西新井大師道(弘法大師道)・六阿弥陀道道標(境内の北東隅)

右側面に「右 六阿弥陀道」で、第二番の恵明寺、木余り寺の性翁寺への道標だろう。ここに移設前はどこにあった道標か。

Img_4721あみだ橋交差点 《地図

このあたりに川が流れていて、阿弥陀堂でもあったのだろうか? 先ほどの阿弥陀堂からはかなり離れている。近くにあみだ橋公園もある。

Img_4724氷川神社

Img_4767西新井大師参道

Img_4765西新井大師山門

土曜日で参詣人も多いか。

Img_4728塩地蔵

いぼ取りなどにご利益ありで、功徳があった時は塩を倍返しするそうだ。

Img_4737三匝堂(さんそうどう)

俗に栄螺(さざえ)堂という。

Img_4732説明板

Img_4744寒桜から本堂

Img_4753弁天池

Img_4758奥の院

高野山奥の院の関東支店か。

Img_4757説明板

門前から十条・板橋道を行く。旧道は環七通りに取り込まれてほとんど残っていないようだが。

Img_4770浅間神社 《地図

日暮里舎人ライナーをくぐって行く。

Img_4785鹿浜五色桜小学校

上沼田小学校・鹿浜小学校が統合して新校になる。この新校舎は今年の4月から開校だ。ピッカピカの一年生にはお似合いだろう。

Img_4786日枝神社 《地図

Img_4789北野稲荷神社 《地図

Img_4793宝蔵寺

左端に庚申塔(元禄4年(1691))

Img_4791説明板

Img_4796天祖神社

Img_4801鹿浜校趾公園

統合された鹿浜小学校跡だろう。

Img_4806氷川神社② 《地図

Img_4814鹿浜虫切り」小宮鍼灸院

「虫切り」とは「虫封じ」のことのようだ。門前には庚申塔がある。これも虫封じの風習だ。

Img_4821鹿浜橋から荒川下流方向

正面奥に東京スカイツリー

Img_4824新田稲荷神社地図

Img_4829新神谷橋から隅田川上流方向

左の煙突は北区清掃工場

北区に入る。

Img_4836自性院前 《地図

右下に庚申塔道標(文久3年(1863))

Img_4834左側面に「右十條道」・右側面に「左 下むら 右 王子 みち」

下むらは下村(志茂村)、環七通り沿いに十条道を西進する。

Img_4842馬坂を上る。《地図

坂上あたりで日光御成道と交差する。《地図

八雲神社から姥ヶ橋延命地蔵までは、『東京散歩(北区)』に記載。逆方向に歩いているが。

Img_4862姥ヶ橋延命地蔵  《地図

姥が橋は稲付川に架かっていた橋で、川ロヘの交通路としても利用された十条・板橋道と中山道から分かれて王子稲荷へ向かう王子道とが合流する交通の要所だった。2つの道が出合う地点にあったことから「出合地蔵」とも呼ばれていた。環状七号線の建設で川は暗渠となった。

手前の小さな庚申塔道標には、「これより右王子」・「これより左川口」で、王子道と十条・板橋道との合流地点。

旧道はここの姥が橋陸橋交差点から斜め右方向に進んで板橋区に入っていたようだ。

Img_4869東洋大学総合スポーツセンター 《地図

萩野公介選手の祝金メダルの垂れ幕。

Img_4873中山道合流地点 《地図

左折して中山道を進み板橋本町駅に向かった。

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