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2017年5月 1日 (月)

玉川上水を歩く①

2017年4月24日

羽村駅(JR青梅線)・・・寺坂・・馬の水飲み場跡・・ルーテル羽村教会・・山根坂・稲荷神社・・禅林寺・・・玉川水神社・羽村陣屋跡・・多摩川・羽村堰・・第一水門・・第二水門・・玉川兄弟像・・羽村橋(玉川上水)・・・第三水門・・(羽村大橋)・・・堂橋・堂坂・・・(福生市)・・新堀橋・・金比羅神社・・・福生加美上水公園・玉川上水旧堀跡・・加美上水橋・・・妙源院・・・宮本橋・・長徳寺・・田村酒造・・・宿橋・奥多摩街道・・・新橋・・・清厳院橋・・清院・・・中福生公園・・・熊野橋・・・かやと橋・・・大坂(五日市街道)・・牛浜橋・・・稲荷神社・熊川分水取水口・・(ほたる公園)・・ほたる通り・・・青梅橋・・・山王橋・・・上水西踏切(JR青梅線)・・・五丁橋・・・水喰土公園・玉川上水開削工事跡・・・(JR八高線)・・・(武蔵野橋)・・日光橋公園・・どんぐり橋・・日光橋(千人同心日光道)・・・拝島駅(JR青梅線)

 多摩川の羽村の取水堰から甲州街道の四谷大木戸の水番所跡まで、玉川上水沿いを行く。

 参考:『玉川上水散策マップ』(都水道局)

  【ル-ト地図

Img_9613鎌倉街道 《地図

右へ下る坂が寺坂

Img_9611説明板

遠江坂・「まいまいず井戸」・中里介山の墓などは、『羽村市の坂①』に記載。

Img_9616寺坂を下る。

右が馬の水飲み場跡

Img_9617説明板

Img_9626稲荷神社(説明板

東ケ谷戸(ひがしがいと・ひがしがやと)の鎮守。元は禅林寺の西南にあった。このあたりに遠江守大石氏の館があったという説がある。

Img_9633禅林寺

「豊饒の碑」(天明義挙記念碑・天明の大飢饉の時、富商に対して決起した義民の顕彰碑)がある。
羽村市指定文化財

Img_9628説明板

Img_9635東会館

洒落た建物の羽村市の地域集会施設

Img_9639玉川水神社 《地図

Img_9638説明板

Hamurajinnya羽村陣屋跡(説明板

水神社の隣

Img_9642多摩川(上流方向)

Img_9651下方へ流れて行くのが多摩川、第1水門から第2水門を通って行くのが玉川上水。

Img_0709玉川上水縦断面図①

海抜約126mの取水口から約34mの甲州街道の四谷大木戸の水番所までの約43kmを高低差を利用して流れていく。
途中、熊川分水・拝島分水・砂川分水・野火止用水千川上水・品川分水・烏山分水・北沢分水(烏山川・北沢川の源流の一つ)・三田分水などが開削され武蔵野の農地を潤した。

Img_0710

Img_9643羽村取水堰(正面)・第一水門(左)

Img_9660
説明板

Img_9650第二水門から下流方向

Img_9653小吐水門(右)

第一水門で取水した余水を多摩川に戻している。

Img_9658牛枠(うしわく)

水の流れを弱め、堤防の決壊を防ぐため水中に置く水防・治水工作物。
甲州街道の笛吹川では、武田信玄が考案したという「聖牛」を見た。

Img_9656説明板

Img_9657仕組み図

Img_9659玉川兄弟

Img_9672第三水門

ここで多摩川(玉川上水)の水は村山貯水池山口貯水池(多摩湖・狭山湖)への導水路による送水と、玉川上水下流の小平監視所へ流れる水に分かれる。

Img_9652第3水門から北へ、地下の導水路の羽村線で送水している。玉川上水は右下の小平監視所へと流れて行く。

Img_9680堂橋から下流方向 《地図

Img_9679堂坂(堂橋から坂下方向)

以前は奥多摩街道と直交し、もっと急な坂だった。坂途中の薬師は宗禅寺境内に移っている。

坂下の多摩川には、「川崎の渡し」があった。対岸には今も渡し場の石積み跡と、馬頭観音がある。(渡しの説明板)

福生市に入る。

Img_9687金比羅神社 《地図

玉川上水の水神だろう。

Img_9696玉川上水旧堀跡(福生加美上水公園内)

北側の土手跡が残る。

Img_9694説明板

Img_9692加美上水橋から下流方向

民話の「かに坂」・かに坂公園は、『福生市の坂①』に記載。

宮本橋から先は上水沿いは歩けず南に迂回する。

Img_9707長徳寺 《地図

Img_9710田村酒造

宿橋から奥多摩街道を進む。

Img_9720新橋 《地図

Img_9717旧新橋の親柱

Img_9716説明板

Img_9726清岩院

Img_9730中福生公園

Img_9739大坂 《地図

五日市街道の坂

Img_9741牛浜橋から下流方向

Img_9745熊川分水取水口の表示板

Img_9754稲荷神社の後ろあたりが玉川上水からの分水口

Img_9751玉川上水

地図》(熊川分水取水口あたり) 

奥多摩街道の南側には「ほたる公園」がある。

ほたる通りに入り、青梅橋を渡り、上水沿いからは離れながら山王橋、五丁橋へと進み水喰土(みずくらいど)公園に入った。

Img_9774水喰土公園

上水の工事中、このあたりでは水が地中に吸い込まれ工事が失敗したという。

Img_9780玉川上水開削工事跡

水を喰われて北側に上水を掘り直した。

Img_9783説明板

Img_9791どんぐり橋から下流方向

正面はレンガアーチ橋の日光橋

Img_9793日光橋 《地図

千人同心日光道が渡って行く。

Img_9795説明板

今日はここまでとし、すぐそばの拝島駅に出た。

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コメント

Q1:特に好・悪印象の所はなかったように思います。というより、もうだいぶ忘れました。上水沿いの武蔵野の面影の残る雑木林あたりは印象に残っています。どんどん橋(旧牟礼橋)の所は道路工事中で雑然としていて残念でした。
Q2:上水沿いに遊水公園とか人口の流れのある公園などをいくつか造ればよいのでは。
Q3:都会では暗渠にせざるをえない所もあるでしょうが、水の流れの見える所はなるたけ残して欲しいものです。暗渠は味気なく、やはり流れる水を見ると心は安らぎます。

投稿: 坂道散歩 | 2018年10月27日 (土) 17:38

ブログ拝見させていただきました(^^)
内容が簡潔にまとまっており読みやすかったです。また、上水の風景や土手の写真も綺麗ですね!
さて、私事になるのですが現在、玉川上水に関する研究を行っており、玉川上水に興味や関心がある人を対象に、いくつかの質問を行っております。もしお時間ありましたら、以下の質問にお答えいただけませんでしょうか?論文を書く際の材料として取り入れたいと考えております。

Q1.玉川上水を歩いて良かった場所/良い印象を持たなかった場所。
Q2.玉川上水の利用者が水に触れることができる空間(場所)は必要だと思いますか?(理由も簡単にお願いします)
Q3.都市河川において、暗渠化が進むのは良いことだと思いますか?(理由も簡単にお願いします)

上記3つの質問にお答えいただきたいです。
よろしくお願いいたします。

投稿: 玉川上水@論文 | 2018年10月27日 (土) 01:13

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