« 玉川上水を歩く② | トップページ | 玉川上水を歩く④ »

2017年5月 5日 (金)

玉川上水を歩く③

2017年4月26日

新小平駅(JR武蔵野線)・・青梅街道・・・鎌倉街道(上の道)・・・鎌倉橋(玉川上水)・・・小松橋・・小川水衛所跡・・・商大橋・・・平櫛田中彫刻美術館・・一位橋・・・小平さくら橋・(西武多摩湖線)・・・八左衛門橋・・・山家橋・・・喜平橋・・・小桜橋・・・茜屋橋(新小金井街道)・・・旧小金井分水口跡・・・貫井橋・・・海岸寺・小金井桜樹碑・・・行幸の松・小金井桜碑・・小金井橋(小金井街道)・・水神祠・・・陣屋橋・・・新小金井橋・・平右衛門橋・・小金井公園・・・睦橋・・・関野橋・・・梶野橋・・・新橋・・・あけぼの橋・・旧千川上水分水口跡・・・くぬぎ橋・・・もみじ橋・・・境橋・千川上水分岐地点・・玉川上水の碑・・境水衛所跡・・・うど橋・・・独歩橋・・・独歩文学碑・・桜橋・・品川分水口・・境浄水場・・松実橋・・・大橋・深大寺道交差地点・・・いちょう橋・・・西久保公園・・・野鳥の森公園・・・欅橋・・庚申堂・・・三鷹駅(JR中央線)

  【ル-ト地図

Img_0070小川水衛所跡(小松橋の下流あたり) 《地図

江戸時代の水番所から昭和55年まで、上水の点検・清掃・巡回などを行っていた。

Img_0072説明板

Img_0084平櫛田中彫刻美術館

塀の中に笠を被っているのは彫刻用の原木。
山陽道(三谷駅→神辺駅)」では「田中生誕地」バス停の前を通った。

五日市街道沿いの流れとなる。

Img_0093小平さくら橋 《地図

西武多摩湖線をくぐって流れて行く。

Img_0099八左衛門橋から下流方向

Img_0100説明板

Img_0103このあたりは伐採された木が多い。

Img_0114貫井橋の下

海岸寺・小金井桜樹碑は、五日市街道に記載。

Img_0130行幸の松

明治16年4月の明治天皇の観桜の記念樹

Img_0135小金井桜碑・小金井橋 《地図

小金井橋の変遷

Img_0139木橋

小金井橋夕照(歌川広重)

Img_0140_2石橋

Img_0141レンガ橋

花見客がこぼれ落ちそうだ。

Img_0142説明板

Img_0150陣屋橋から下流方向(説明板

北側に武蔵野新田世話役の川崎平右衛門の役宅(陣屋)があり、手代の高木三郎兵衛が常駐していた。

Img_0171あけぼの橋

鯉がうようよ群れている。この橋の下流の左岸が旧千川上水分水口跡。

Img_0182境橋

千川上水が北東方向に分かれて行く。

Img_0185玉川上水の碑

Img_0194境水衛所跡 《地図

左が現在の千川上水への取水口

Img_0191説明板

右に昭和62年の写真があるが今とほとんど同じだ。

Img_0204独歩橋から下流方向

このあたりは住宅街で『武蔵野』の俤(面影)は薄くなっているが。

Img_0205桜が終わり、藤・つつじが見頃となった。

Img_0209桜橋から

下流の右岸が品川用水の分水口のようだ。

Img_0207国木田独歩文学碑

「今より三年前の夏のことであった。自分は或友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、其処で下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋といふ小さな橋がある」

Img_0212境浄水場沿いを行く。

玉川上水の羽村の第三水門(「玉川上水①」)から村山・山口貯水池に送られた水は、地下の導水管で境浄水場に送られ、沈殿・ろ過・殺菌処理をして和田堀給水所から千代田・渋谷・世田谷区などに給配水しているそうだ。

Img_0218大橋(説明板

六郷田無道深大寺道(大師道)で渡った橋

Img_0224西久保公園 《地図

Img_0226野鳥の森公園

Img_0229暗渠となる。《地図

Img_0233再び少し開渠となる。

Img_0237欅橋

Img_0242説明板

Img_0239庚申堂(欅橋の西詰)

青面金剛像(享保14年(1729))

Img_0246この先で三鷹駅を斜めにくぐって行く。

剪定作業中でこれより近づけない。

Img_0248国木田独歩詩碑(三鷹駅北口)

「山林に自由存す」(武者小路実篤の筆による)

Img_0247三鷹駅

玉川上水は駅の下を斜めにくぐって流れて行くが、その姿を見るのは次回としよう。

|

« 玉川上水を歩く② | トップページ | 玉川上水を歩く④ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 玉川上水を歩く③:

« 玉川上水を歩く② | トップページ | 玉川上水を歩く④ »