« 六郷用水を歩く② | トップページ | 伊南房州通往還⑦ »

2017年5月20日 (土)

六郷用水を歩く③

2017年5月16日

武蔵新田駅(東急多摩川線)・・・六郷用水南堀跡・・工事開始の碑・・・耕田橋の堰跡あたり・・・(第二京浜国道)・・・(多摩堤通り)・・・遍照院・・安方神社・・・(多摩川線)・・(環八通り)・・・金剛院・・・六郷田無道交差地点・・・蒲田電車区・蛸の手跡・・・跨線橋(JR京浜東北線)・・・六郷用水物語(田中丘隅①)・・六郷用水物語(田中丘隅②)・・・(京浜急行線)・・(第一京浜国道)・・・真光寺・妙覚寺・善永寺・報身寺・福称寺・延徳寺・正覚寺・・・上田妙法稲荷神社・・・馬頭観音・・・多摩川土手・・・八雲神社・・水門通り商店街・・・(第一京浜国道)・・雑色駅(京浜急行線)

  【ル-ト地図

Img_1922六郷用水の南堀跡を進む。

植込みの中に「六郷用水工事物語 工事開始」の説明碑がある。

Img_1919工事開始碑

Img_1924耕田橋の堰跡 《地図

Img_1925説明板

Img_1928第二京浜を横切った所

Img_1933供養塔群(遍照院) 

右から2番目が承応3年(1654)の阿弥陀如来像が線刻された念仏供養塔。

Img_1929説明板

Img_1932阿弥陀如来像の線刻

Img_1935安方神社

多摩川線と環八通りを横切って行く。

Img_1942金剛院前を通る。

Img_1943説明板

Img_1945六郷田無道交差地点 《地図

六郷用水跡は直進

Img_1952蒲田電車区(操車場) 《地図

ここは何本かの分水口で、「蛸の手」と呼ばれていた。松本清張の『砂の器』の殺害死体発見現場でもある。

Img_2009蛸の手から分水している。

電車区を迂回し、JR線を跨線橋で越えて用水跡沿いに出る。

Img_1960六郷用水物語(左)

Img_1957田中丘隅(休愚)物語① 《地図

Img_1964

仲よし児童公園前

京浜急行線をくぐり、第一京浜国道(東海道)を横切って行く。

Img_1975上流方向を見ている。

Img_1977右の路面にマーク

Img_1985用水の流れ方向を示している。

この先で右折して七辻を見る。

Img_1979確かに七辻だった。《地図

信号機はなく、正面に「日本一ゆずり合いモデル交差点」の看板が立つ。野火止用水用水沿いに「九道の辻」があるが、今は9つの道はなく信号機もある。

用水跡の東側の寺院群を巡る。いずれも築地本願寺寺中から当地に移転してきたようだ。

Img_2000最後の正覚寺では、仔猫が三つ指をついて出迎えてくれた。

Img_2008上田妙法稲荷神社

七福神ではなく「羽田七福いなり」めぐりだそうだ。

Img_2011六郷用水物語(左) 《地図

先ほどの「蛸の手」が載る流路の地図

道路の向かい側に馬頭観音の祠

Img_2012馬頭観音

Img_2015多摩川(上流方向)

少し上流へ進む。

Img_2024?水門から多摩川

これをすっかり六郷水門と勘違いしてしまった。六郷水門は少し上流側にある。

ここを六郷用水歩きの終点とし、雑色駅に向かった。

Img_2029八雲神社

Img_2033水門通り商店街

六郷水門方向

|

« 六郷用水を歩く② | トップページ | 伊南房州通往還⑦ »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161343/65318727

この記事へのトラックバック一覧です: 六郷用水を歩く③:

« 六郷用水を歩く② | トップページ | 伊南房州通往還⑦ »