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2017年5月16日 (火)

六郷用水を歩く①

2017年5月11日

狛江駅(小田急線)・・・多摩川・・六郷用水取水口跡あたり・・玉翠園石垣跡・・水神社・・六郷さくら通り・・仏寿寺・・・伊豆美神社・・兜塚古墳・・・むいから民家園・・・穴守稲荷分神社・・田中橋交差点・・高千穂稲荷神社・・泉龍寺・・・品川道交差地点・駄倉橋跡・・(狛江通り)・・・(小田急線)・・いちょう通り・・・新一の橋交差点・品川道合流地点・・一の橋交差点・石橋供養塔・・・慶岸寺・・・二の橋交差点・品川道分岐地点・・・滝下橋緑道・・・野川合流地点・・・雁追橋(がんおいばし)・・・中野田橋・・・野川分岐地点・・次大夫堀公園・・・内田橋(六郷用水)・・・パズルトンネル(多摩堤通り)・・・野川合流地点・・・大正橋・・・新井橋・・野川分岐地点・・(東名高速)・・・六郷用水跡碑・・・新坂下・品川道分岐地点・・石橋供養塔・永安寺・・・大蔵氷川神社・・・水神橋・仙川交差地点・・西谷戸橋(仙川)・・岡本三丁目の坂下・・・水神橋・丸子川(六郷用水)・・丸子川親水公園(六郷用水の歴史碑)・・・堂ヶ谷戸橋・堂ヶ谷戸坂下・・・岡本民家園・・岡本八幡神社・・静嘉堂文庫・・・八之橋(谷戸川)・・・馬坂・・瀬田四丁目旧小坂緑地・・旧小坂家住宅・・庚申塔・・・下山橋(丸子川)・・・彩翠橋・・・雁追橋(かりおいばし)・まむし沢・まむし坂下・・・大夫橋(大山街道)・慈眼寺坂下・・・瀬田アートトンネル(国道246号)・・・逍遥橋・・・(東急田園都市線)・・・二子玉川駅(東急大井町線)

 狛江市の多摩川から取水し、東へ世田谷領と六郷領を流れて農業用水を供給し、北堀と南堀に分かれて、南堀は六郷橋の下流で多摩川に注いでいた。開削監督者の小泉次大夫の名を取って「次大夫堀」、世田谷区から大田区の一部区間は「丸子川」と呼ばれている。

  【ル-ト地図

Img_1342六郷用水取水口跡あたりから多摩川上流方向 

写真の右方に六郷排水樋門があり、根川の水が流れ込む。

Img_1341多摩川から六郷用水取水口(昭和初期の写真)

左側が玉翠園で石垣が見える。

Img_1337玉翠園石垣跡 《地図

Img_1333
説明板

Img_1345水神社

伊豆美神社の旧地で、六郷用水を開削した小泉次大夫を祀る。

Img_1349六郷さくら通り

むいから民家園」に寄る。「むいから」とは当地で古くから屋根葺きに用いられていた、麦から(麦藁)の転訛だそうだ。 《地図

Img_1367旧荒井家住宅

Img_1368旧高木家長屋門

Img_1366説明板

Img_1372穴守稲荷分神社

羽田の穴守稲荷神社の分社で、細い路地を入った螺旋階段の上に鎮座する。千川上水跡沿いの穴守神社よりもさらに「穴守」という感じだ。

Img_1369由緒

Img_1377高千穂稲荷神社 《地図

裏側に田中橋の親柱が保存されているようだが、見逃した。

伊豆美神社・兜塚古墳・泉龍寺は、『品川道①』に記載。

Img_3194駄倉橋跡 《地図

品川道との交差地点で親柱が保存

Img_3193説明板

狛江通りを横切り、小田急線をくぐり、いちょう通りを進み、新一の橋交差点で品川道(世田谷通り)に合流する。

Img_1385一の橋交差点 《地図

石橋供養塔道標(文政6年(1823))で、正面右下に「西 登戸 府中 道」、右面に「南 家村道」、左面に「北 ほりの内 高井戸 道」、左面に「東 六郷 江戸 道」。「家村道」とは何か?

Img_1389慶岸寺

二の橋交差点で品川道が右に分れて行く。世田谷区に入る。

Img_1396滝下橋緑道となる。 《地図

滝下橋の親柱も手前に残っているようだ。

Img_1399野川に合流する。

Img_1403所々に立っている案内板

国分寺崖線発見マップ

Img_1406野川

雁追橋(がんおいばし)から下流方向

Img_1409手前の流れが次大夫堀公園へ

次大夫堀=六郷用水=丸子川

Img_1411取水口 《地図

Img_1412次大夫堀公園に入る。

Img_1416せせらぎ風な流れと、民家園がある。

Img_1414復元水路

Img_1436旧谷岡家表門

納屋と穀倉に門をつけて長屋門とした。

Img_1434説明板

Img_1420旧城田家住宅

Img_1419説明板

Img_1430旧加藤家住宅

Img_1426旧安藤家主屋

屋根補修工事中

次太夫堀公園から出る。

Img_1439内田橋から上流方向 《地図

Img_1397内田橋の上流方向(昭和30年頃)

今は次大夫堀公園となっている方向だろう。

Img_1446パズルトンネルで多摩堤通りをくぐる。

卵の形を直線で9のパーツに分割して、その組合せを変えていろんな鳥の形を作っている。

Img_1450再び流れが現れる。

Img_1453また野川に注ぐ。《地図

Img_1457野川沿いを進む。

上は「東京外かく環状道路本線トンネル(南行)東名北工事」中。その向こうが東名高速の下あたりで野川から分かれて行く。

Img_1463六郷用水跡標柱の立つポケットパーク 《地図

道標にもなっていて、「西 新井橋を経て次太夫堀公園へ」・「東 水神橋を経て丸子川へ」と刻む。

永安寺の西側の新坂を上って行くのが品川道。このあたりから二子玉川駅までは、『世田谷区の坂④』でも歩いている。

Img_1476永安寺山門

右に石橋供養塔(明治23年)

Img_1479大蔵氷川神社

Img_1482水神橋から仙川上流方向 《地図

正面は西谷戸橋

Img_1486西谷戸橋あたりから岡本三丁目の坂

豊島区ののぞき坂のような急坂だ。

Img_1493水神橋から下流で、六郷用水(次大夫堀)は丸子川と名を変える。

六郷用水の水ではなく仙川の北側の水路からの水のようだが。

Img_1497丸子川親水公園

「六郷用水の歴史碑」に「堀の幅は、世田谷領では平均約4.5mありました」とあるからけっこう広い。

Img_1500堂ヶ谷戸橋から堂ヶ谷戸坂

岡本公園に寄る。

Img_1509岡本民家園

旧長崎家主屋

Img_1513岡本八幡神社の男坂

東側に女坂がある。

Img_1516静嘉堂文庫

Img_1519八之橋(やのはし)から谷戸川下流方向 《地図

Img_1523馬坂を少し上る。 《地図

右に「馬坂」の標石

馬坂出入口から、右側の瀬田四丁目旧小坂緑地に入る。

Img_1533旧小坂家住宅中門

Img_1532主屋

Img_1535回遊式庭園内を下る。

Img_1538庚申塔(幽篁堂庭園跡(玉川4-36)から小坂緑地内に移設)

右は元禄2年(1689)・左は宝永5年(1708)の造立

Img_1536説明板

裏門から小坂緑地を出て丸子川に戻る。

Img_1541下山橋から下流方向 《地図

少し上流で谷戸川が合流している。

Img_1546雁追橋(かりおいばし)からまむし坂

Img_1544まむし沢からの流れが注ぐ。

Img_1549大夫橋から慈眼寺坂 《地図

この道は大山街道で通った。東方の行善寺坂を下るのも大山道の道筋で、二子の渡しで多摩川を渡っていた。

Img_1551説明板

Img_1554最後の大山登山はけっこうきつかった。

Img_1556国道246号(玉川通り)をくぐって行く。

Img_1557
左方の瀬田アートトンネルに迂回する。

Img_1563東急田園都市線をくぐる所までとし、高架沿いを二子玉川駅に向かった。 《地図

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