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2018年5月31日 (木)

二ヶ領用水を歩く②

2018年5月25日

久地駅(JR南武線)・・・鷹匠橋・・・堰前橋・・・久地の横土手跡・・・久地橋・・久地の里公園・・・平瀬川伏越地点・久地円筒分水・・・久地神社・・・久地不動尊・・・(国道246号)・・・法泉坊橋・・・浜田橋・・・西浦橋・・・大石橋・大山街道交差地点・・・曙橋・・・(東急田園都市線)・・・新雁追橋・・・二子南橋・・・弁慶島跡あたり・・・平成橋・・・二子塚橋・・・錦橋・・・坂戸橋跡・石橋供養塔・二子坂戸緑道・・境橋・・・(第三京浜道路)・・・井田堀取水口・・・竹橋・・・宮内七号橋・・・木月堀取水口あたり・・・大ヶ谷戸橋・・・上家内橋・・・薬師橋・・・白田橋・・・神地橋・中原街道交差地点・・・今井上町緑道・・松尾橋・・今井神社・・・山王橋・・・今井上橋・・・(JR南武線))・・・今井仲橋・・・渋川分岐地点・・大乗院・・・今市橋・ほうせい通り・・・(東急東横線)・・・綱島街道・・・川崎市中原平和公園・・・鹿島田堰取水口・・・昭和橋・・・(東海道新幹線)・・・御幸跨線橋(JR横須賀線)・・・大鹿橋・・・朱印橋・・・鹿島田橋(府中街道)・・・川崎堀踏切(JR南武線)・・・大師堀、町田堀分岐地点・工場用水取水口跡・・平間配水場・・・大師堀緑道・・・鹿島田駅(JR南武線)

  【ル-ト地図

Img_6488鷹匠橋から下流方向 《地図

Img_6485説明板

Img_6495横土手跡 《地図

水を巡る争いは絶えることなしか。

Img_6494説明板

Img_6501久地の里公園

地下は雨水貯留池になっていて、緊急用の給水タンクも埋まっている。

Img_6506平瀬川伏越地点 《地図

二ヶ領用水(正面・上流方向)は平瀬川(左)を伏せ越して(下をくぐる)、久地円筒分水へと流れ込む。余剰となった水は平瀬川経由で多摩川へと流している。(写真)

Img_6507平瀬川トンネル出口(上流方向) 《地図

溝口の街を流れていた平瀬川を多摩川へ直接放流するため、隧道として築造された。「トンネル内の写真

Img_6512久地神社

車で来た団体さんがお経を上げていた。神仏習合か、ご利益があれば・・・。

Img_6511説明板

Img_6830弁天池と弁財天堂(久地不動尊への参道の途中)

「私有地につき立入禁止」になっている。

Img_6832久地不動尊

Img_6521久地円筒分水地図

平瀬川の下を潜った二ヶ領用水がサイホンの原理で溢れ出て、川崎堀などの四つの用水堀に分水される。
二郷半領用水』には3支流に分水する金野井円筒分水工(2003年完成)がある。

Img_6520
平面図

ここで分水された二ヶ領用水の川崎堀(右端)沿いを進んで行く。

Img_6531説明板

Img_6515久地分量樋

明治43年の写真

Img_6534円筒分水から流れ出た川崎堀

Img_6535川崎堀(下流方向)

Img_6536国道246号(厚木街道)を跨線橋で越える。

円筒分水から幼稚園児たちの散歩?と一緒だ。

Img_6546浜田橋から下流方向

濱田庄司は幼少の頃にニヶ領用水で泳いだ。橋の改修に際して「濱田橋」と名付けられた。水遊びはともかく泳ぐなんてのは今は考えられない流れだが。

Img_6549大石橋で大山街道と交差する。

江戸時代は文字どおり大きな石橋があり、大山街道の「溝の口・二子宿」として繁栄していた。

東急田園都市線をくぐって行く。

Img_6559弁慶島跡あたり?(二子南橋の右岸近く)

旧川崎堀と旧平瀬川の合流地点は埋め立てられ柿畑になっているそうだ。「弁慶島」の名前の由来は不明という。

Img_6565二子塚橋から下流方向

近くに「二子」の地名由来となった二子塚(前方後円墳?)があったとか。北方の公園(地図)に「二子塚碑」が立っているそうだ。次回の府中街道を歩く時に寄るとしよう。

Img_6568二子坂戸緑道 《地図

旧川崎堀の流路跡の緑道

Img_6573石橋供養塔(寛政5年(1793))

旧川崎堀に架かっていた坂戸橋で、江戸時代には村人が用水を渡って二子方面へ行く唯一の橋だった。後方に「坂戸橋改築記念碑」も立っている。
今の川崎堀には境橋が架かっている。《地図

Img_6580旧川崎堀跡は一般道となって続いている。

第三京浜道路をくぐって行く。

Img_6586独りが好きなのカモ

Img_6588井田堀取水口(竹橋上流)

中原街道を横切り、下小田中から井田方面に通じ、同地域を潤していた。

Img_6600白田橋から下流方向

右は世田谷領主吉良氏の菩堤寺泉澤寺

Img_6604神地橋で中原街道と交差する。 《地図

Img_6607今井上町緑道を進む。

左が川崎堀

Img_6610今井神社

横を今井堀が流れている(いた?)というが分からず。今井堀は今井神社から南武線高架下を通り、渋川へ落ちていたようだ。

南武線をくぐる。

Img_6616渋川分岐地点(右) 《地図

Img_6619説明板

Img_6629今市橋で「ほうせい通り」を横切る。

近くに法政大学などは見当たらないが。

東急東横線をくぐり、綱島街道を横切って Img_6637平和公園内を通って行く。

右は川崎平和館

Img_6642鹿島田堰取水口

昭和橋手前の右岸

Img_6646昭和橋の蛍の欄干

Img_6645蛍はいそうもないが。

東海道新幹線(正面)をくぐる。

Img_6651この先は両岸とも行き止まりで右へ迂回し、御幸跨線橋でJR横須賀線を越える。

Img_6661横須賀線をくぐって来た川崎堀(上流方向) 《地図

Img_6668朱印橋

浄蓮寺に水戸光圀(黄門)からの朱印状がこの橋を渡って届けられたとか。

Img_6670鹿島田橋で府中街道をくぐる。《地図

川崎堀沿いは歩けず府中街道に迂回する。

Img_6673その名も「川崎堀踏切」

Img_6680南武線をくぐって来た川崎堀の終点で、町田堀と大師堀に分岐する。

Img_6683説明板

Img_6687町田堀(右)と大師堀(左)

上部は石鳥居のような形だ。

Img_6691説明板

Img_6684流路

Img_6688平間配水場(元平間浄水場)

川崎堀から取水し、工業用水として工業地帯へ供給された。

Img_6675説明板

Img_6699大師堀跡の緑道

水路は工事整備中なのか水は流れていない。

Img_6754町田堀跡の緑道 《地図

Img_6755説明板

Img_6704大師堀跡の緑道は民家の間の路地のような所を抜けて行く。

Img_6707大師堀緑道水路の終点 《地図》あたり

この先、大師堀は東海道を横切り川崎大師の方へと続いていた。ここを二ヶ領用水歩きの終点として鹿島田駅に向かった。

 

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