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2018年6月 6日 (水)

府中街道②

2018年5月28日

久地駅(JR南武線)・・・鷹匠橋(二ヶ領用水)・・・堰稲荷神社・・・宿河原跨線橋(JR南武線)・・(東名高速道路)・(二ヶ領用水)・・・龍安寺・・本村橋(二ヶ領用水)・・・追分橋(五反田川)・・・稲生跨線橋(小田急線)・・・(世田谷通り)・・・明王橋(山下川)・・・馬頭観音・・・三沢橋(旧三沢川)・地蔵祠・・・出店地蔵・・新三沢橋(三沢川)・・・(京王相模原線)・・・地蔵祠・・・(東京都稲城市)・川崎街道・・大丸用水(菅堀)・地蔵祠・石橋供養塔・・(鶴川街道)・・・旧川崎街道・・・(JR南武線)・・・庚申塔祠・馬頭観音道標・・・(稲城大橋通り)・・・道標・・・津島神社・・・但馬稲荷神社・・・(JR南武線)・・・大丸交差点・・・円照寺・・大麻止乃豆乃天神社・・直心庵・・・普門禅庵・・・大丸城跡・・・新大丸交差点・府中街道・・・(JR南武線)・・・是政橋(多摩川)・是政の渡し跡・・・(二ヶ村緑道)・・・西蔵院・・・(中央道)・・矢崎緑道・・・熊野神社・・・安養寺・・妙光院・・御殿坂・・・大國魂神社西参道・・・札の辻(甲州街道府中宿)・・・府中本町駅(JR武蔵野線)

  【ル-ト地図

Img_6838堰稲荷神社 《地図

神体は女体で安産守護の神。このあたりの地名は「堰」

Img_6836説明板

Img_6841宿河原跨線橋で二ヶ領用水(宿河原線)を越える。《地図

Img_6842龍安寺

毎月末にここへ帰るという一夜地蔵は今日は不在か?

本村橋で二ヶ領用水沿いとなり、稲生跨線橋で小田急線を越える。

Img_6858「生田宿」バス停

このあたりは「枡形」という地名で、街道の名残を感じさせる。

Img_6861明王橋から山下川(上流方向) 《地図

下流で二ヶ領用水に流入する。

Img_6863馬頭観音などが4基

かなり風化している。

Img_6869三沢橋(旧三沢川)・地蔵の祠 《地図

この川も二ヶ領用水に合流する。

Img_6872出店地蔵の祠(三沢川の新三沢橋の手前) 《地図

Img_6873出店地蔵(宝永4年(1707))は右の2体か?

Img_6874説明板

「第四地蔵」とはどういう意味か?

Img_6875三沢川(下流方向)

下流で二ヶ領用水が伏せ越して(くぐって)交差している。その先で多摩川に注いでいる。

京王相模原線をくぐる。

Img_6878ここにも地蔵さん

Img_6881稲城市に入ると川崎街道となる。

どうも東京都という気がしない。

Img_6884大丸(おおまる)用水菅堀 《地図

正面に銀杏の木と地蔵祠と石橋供養塔。ここは矢野口の渡しからの渡船場道と川崎街道が交差する交通の要衝だった。

Img_6886地蔵(正徳3年(1713))の祠と銀杏の木・右端に石橋供養塔

Img_6890説明板

鶴川街道を横切る。

Img_6897旧川崎街道(右)に入る。《地図

右は大丸用水

Img_6901大丸用水沿いを進み、この先で南武線(正面)をくぐる。

Img_6904庚申塔の祠の外に馬頭観音道標

Img_6907馬頭観音道標

「東 河崎道」・左側面に「西八王子道」

Img_6915ここにも自然石の道標 《地図

Img_6916道標に従って「右 八王子」へと進む。

Img_6921津島神社 《地図

Img_6920縁起碑

Img_6928但馬稲荷神社 《地図

由緒など分からず。但馬は地名か?

Img_6931再び南武線をくぐる。

Img_6932大丸交差点で川崎街道に出る。《地図

あとは是政橋で多摩川を渡るだけだが、寄り道する。

Img_6939円照寺

Img_6947大麻止乃豆乃天神社

名前も難しいが石段もけっこう急だ。

Img_6949社殿

Img_6957直心庵

Img_6959普門禅庵

Img_6963大丸城跡 《地図

南側の城山公園は城跡ではないそうだ。

Img_6964説明板

新大丸交差点から府中街道となって北に向かう。

Img_6972南武線をくぐって是政橋へ。

左は水路(大丸用水?)跡のようだ。

Img_6977是政橋

全長401mの斜張橋

Img_6976多摩川(上流方向)

是政の渡し跡

Img_6980二ヶ村緑道を横切る。《地図

Img_6983西蔵院

Img_6984鼻取地蔵

村の農夫が田の代かきをしようとしたが、馬は暴れて動かずに途方に暮れていた。すると何処からか一人の小僧が現れ、暴れ馬の鼻取りをしてくれて、すぐに代かきが終わった。翌日、農夫が西蔵院の地蔵をお参りに行くと、地蔵さんの腰の周りが泥だらけだった。それ以来、この地蔵さんは鼻取り地蔵と呼ばれるようになったという。
板橋区の西光寺にも「代かき地蔵」がある。『板橋区の坂⑤

Img_6986短い矢崎緑道を進んで府中街道に戻った。《地図

Img_6989熊野神社 《地図

右は東京競馬場で監視塔がそびえている。ここは第4コーナーあたりだ。昨日はダービーのざわめき、どよめき、歓声、怒号、罵声が聞こえたか?

Img_6992御殿坂を上る。

このあたりは『府中市の坂③』に記載

Img_6994大國魂神社西参道

Img_6995札の辻 《地図

高札場跡(左・復元) 「説明板

このあたりは『甲州街道府中宿→八王子宿)』に記載。ここを府中街道歩きの終点とし、府中本町へ向かった。

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2018年6月 3日 (日)

府中街道①

2018年5月26日

六郷土手駅(京浜急行)・・・東海道・・・多摩川・六郷の渡し跡(六郷橋)・・・(京急大師線)・・川崎宿・・本町交差点(府中街道起点)・大師道・・・(京急大師線)・・川崎市六郷ポンプ場・・(京急本線)・・・(JR東海道線・京浜東北線)・・・幸町交差点・府中街道(国道409号)・・・明治天皇御幸蹟碑・・・女体神社・・・幸区役所入口交差点・旧道・・・長屋門(石井家)・・・称名寺・・・法安寺・・・天満天神社・・・大師堀緑道・町田堀緑道(二ヶ領用水)・・川崎堀踏切(JR南武線)・・・鹿島田橋(二ヶ領用水)・・・平間銚子塚・・・市ノ坪跨線橋(JR横須賀線)・・・旧道・・・(東海道新幹線)・・・(綱島街道)・・・東福寺・・・(東急東横線)・・・市ノ坪神社・・・(JR南武線)・・・小杉十字路(中原街道交差地点)・・・等々力緑地・・・旧道・・・薬師如来道標・・・春日神社・・常楽寺(まんが寺)・・・旧道・・・・・(第三京浜道路)・・・道標・・・正福寺・・・白髭神社・・・(国道409号)・・・二子塚碑(二子塚公園)・・・(東急田園都市線)・・・大山街道交差地点・・・(国道246号)・・・鷹匠橋(二ヶ領用水)・・久地駅(JR南武線)

 東海道の六郷の渡し(多摩川)を渡った川崎宿から北西に、甲州街道府中宿の札の辻まで歩く。甲州街道の八王子へと続く八王子道でもある。

  【ル-ト地図

Img_6708本町交差点 《地図

東海道は直進、府中街道(ここは大師道)は右折して行く。このあたりは川崎宿の「新宿」と呼ばれていた。ここを府中街道歩きの起点とする。

Img_6711京急大師線を横切る。

京急本線、JR東海道線、京浜東北線をくぐって行く。

Img_6717多摩川(上流方向)

ずっと上流の是政橋で多摩川を渡ることになる。

幸町交差点から府中街道となる。

Img_6724明治天皇御幸蹟碑 《地図

明治17年(1884)の明治天皇の行幸の経路となった幸町2丁目の府中街道沿いの人々によって昭和15年(1940)に建立。左は小さな石地蔵(宝永4年(1707))と子供たちの遊ぶ姿のレリーフ。

Img_6727さいわい緑道  《地図

南武線の貨物支線の線路跡だそうだ。終点は川崎河岸駅

Img_6728女体神社 《地図

幸区役所入口交差点で左に旧道に入る。

Img_6736石井家長屋門(文政3年(1820)の再建) 《地図

古川村の名主家

Img_6735説明板

Img_6744称名寺(赤穂浪士ゆかりの寺)

紙本着色 四十七士像

Img_6742説明板

Img_6748天満天神社地図

Img_6751川崎堀踏切

大師堀緑道、町田堀緑道が横切っている。ここは昨日渡ったばかり。『二ヶ領用水を歩く②

鹿島田橋で二ヶ領用水を渡る。

Img_6767銚子塚(平間駅の西側裏)

ここも赤穂浪士の逸話がある。前方後円墳らしい。

Img_6763説明板

Img_6768市ノ坪跨線橋でJR横須賀線を越える。

Img_6770旧道(左)に入り東海道新幹線をくぐる。《地図

綱島街道を横切る。

Img_6774_2東福寺 《地図

東横線をくぐる。

Img_6776市ノ坪神社

南武線をくぐる。

Img_6779小杉十字路で中原街道と交差する。

Img_6782等々力緑地

多摩川対岸の世田谷区にも「等々力」がある。

Img_6784薬師如来道標(文政7年(1824)) 《地図》?

正面に「行基菩薩御作 藥師如來 春日山」・左側面に「左 みそのくち 八王じ」・右側面に「右 小春ぎ 川左起」のようだ。常楽寺の薬師如来と、溝の口・八王子、小杉・川崎のこと。左(西)に行けば甲州街道からさらに八王子へとつながって行く。

Img_6791春日神社 《地図

Img_6795説明板

鰐口(応永十年(1403)銘)

Img_6794常楽寺薬師堂

昭和43年(1968)におこなわれた解体修理の時に、本堂の襖(ふすま)などに「まんが」の絵を描いたことから「まんが寺」と呼ばれるようになった。

Img_6798説明板

文化財の写真

第三京浜道路をくぐる。

Img_6804道標(左端)・地神塔など 《地図

ここの道標も八王子道と川崎道を示している。

Img_6803説明板

Img_6811正福寺

Img_6814白髭神社 

Img_6819二子塚碑(二子塚公園内) 《地図

二子の地名の由来になった二子塚古墳(前方後円墳)があったとか。昨日、『二ヶ領用水を歩く②』で二子塚橋を通ったばかりだ。公園内には川崎市営トロリーバスも保存されている。

東急田園都市線をくぐる。

Img_6824大山街道交差地点 《地図

Img_6827上田家(溝の口3丁目)

大山街道コース」の「9.民権運動と上田家」

Img_6826説明板

Img_6829国道246号(厚木街道)をくぐって多摩区との境近くの久地駅まで行った。

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