野猿街道②
2018年8月28日
大塚・帝京大学駅(多摩モノレール)・・・熊野神社・・・堀之内洗馬川公園・・・北八幡神社・・・大栗川橋(大栗川)・・・稲荷神社・・・浅間神社・・・川幡橋(大田川)・・・松木台公園・・富士見台公園・・・大石やかた公園・・・さんもり橋(大栗川)・・・武相十三番聖観世音札所・・日枝神社・・玉泉寺・・・永林寺・由木城跡・・・野猿峠・水飲み場跡・・・(光照寺)・・・北野街道合流地点・・・北野駅(京王線)
【ル-ト地図】
鳥居の後ろに神木の大公孫樹(イチョウ)がそびえる。文久元年(1861)の植樹とか。
洗馬川公園 《地図》
このあたりは堀之内という地名で、向かい側に番場公園、近くに京王堀之内駅もある。この付近に後北条氏の家臣ともいう植松太郎屋敷があったとも。西には大石やかた公園、殿ヶ谷戸バス停もあり、戦国武将らの屋敷・館跡のゆかりの名が残っている。
由木城主(後述)だった大石定久の弟の大石宗虎の再興という。
「宗虎の塔の前の樹齢数百年の百日紅」は、「大石やかた公園」の東側の高台?にあるそうだ。『戦国武将列伝Ω』
三体ともか?
大栗川橋から大栗川上流方向
稲荷神社・津島牛頭天王社 《地図》
松木七郎屋敷跡という。
松木七郎の墓(宝篋印塔)
鎌倉公方足利持氏の幕下であった松木七郎の墓とされているが、碑面に永和2年(1376)と刻まれていたといい、持氏の時代とは合わない。
川幡橋から大田川(上流方向)
松木台公園 《地図》
ここは小田屋敷跡のようだが説明板などはない。
南側の首都大学東京の構内に井草屋敷があったようだ。
大石やかた公園 《地図》
玉泉寺の札所で聖観世音菩薩像が安置されている。裳が蓮台にまでかかっている宋風のつくりであることから、「もかけの観音」と呼ばれているそうだ。
永林寺全景図
総門から本堂まで一直線に並ぶ四天王寺式伽藍配置で、境内は広く建物も立派な寺で、墓地の北に由木城跡。
戦国時代、滝山城主大石定久が開基となり、叔父である一種長純を開山として創建した。
左はお地蔵さんというよりお爺さんだ。
大石定久は天文18年(1549)、野猿峠で浄福寺城(松竹城)方向を望見して自害したという伝承があり、墓はもとは峠の上にあった。
由木城跡(大石定久館跡)
野猿峠ハイキングコースはここへ通じていたのか?
私有地で立入禁止だが迂回コースもあるようだ。
大石定久の墓は永林寺へ移され、峠の一本松の下の高さ60cmの「大石公故蹟」碑は見当たらない。
水飲み場跡 《地図》
猿の親子が浮き彫りされている。
ここは峠のどのあたりなのか?今はこんなスペースはないようだが、何せ60年も前のことだ。みんな晴れやか、にこやかな顔をしている。夢もチボーもあったのだろう。バスで往復した記憶しかないが、木の杖を持っている子もいるし、ハイキングで少しは歩いたのだろうか?肖像権の侵害になるかな?
風情ある切通しを抜けて行くが、この先は住宅街で起伏のある道をうろつくが光照寺への入口は見つからずに、なんとか野猿街道に戻る。
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