我孫子・柏散歩②
2019年2月2日
天王台駅(JR常磐線)・・・手賀大橋(手賀沼)・・(柏市)・・・道の駅しょうなん・・・箕輪城跡あたり・・・船戸古墳群・・・阿弥陀様板碑・・・・香取神社①・・福満寺・・・車ノ前五輪塔・・・妙照寺・・・安房栖神社・・泉蔵寺・・・風早村道路元標・・・沼南の森・神明社・・・徳本名号塔・・・香取神社②・・・大津川・・・庚申塔群・・・高柳駅(東武野田線)
柏市に入る。富士山は見えず。
手賀沼病院あたり一帯。土塁と空堀跡か。
40基の古墳群というが私有地で立入禁止。東に箕輪古墳、その東が箕輪城跡。
香取神社①(大井)
福満寺山門
北斗七星の妙見信仰にちなむ七人の影武者で、坂巻、石原、石戸、吉野、富瀬、久寺家、座間家の七家だそうだ。千葉市の千葉大医学部の構内には七騎影武者の墓ともされる七天王塚がある。『土気往還①』 影武者伝説はいくつもあるようだからこことは違う影武者だろう。
手賀沼南岸の台地は、平将門山と呼ばれている景勝地で、手賀沼の眺望が、京の大津から琵琶湖を望む景色に似ていることから、将門が「大井の津」と名づけたといわれているそうだ。
これも将門伝説の「車の前五輪塔」を探すがなかなか見つからない。聞く人も見当たらずあきらめかけたがやっとたどりついた。
この木立の中に車の前五輪塔がある。《地図》のあたり
室町時代初期の建立というから五輪塔そのものは将門の時代ではない。
「車ノ前は中村庄司良忠の娘で、将門の乱の後、この地(妙見堂跡)に隠れ住み、「若松」という男児を産んだと伝えられています。車ノ前というのは、桓武天皇の女・車内親王になぞらえて将門が付けた名前だと、福満寺に伝わっています。また、若松が二歳のとき車ノ前が亡くなり、その後、別の説ですが若松は「良忠」と名乗り西国で勇者となったと伝えられています。」(『将門ブログ』の「柏市3」より)。 ここは車ノ前が遺児(若松)とともに隠れ棲み菩提を弔ったという、将門が信仰していた妙見菩薩を祀る妙見堂跡で、地元の人々は例年2月21日には将門の命日と称して妙見講を行っているそうだ。将門の時代からあまり変わっていない風景かも。
沼南村→沼南町→柏市に編入(2005年)、ちょうど風早中学校のそばだ。
(伝)相馬御厨本所跡で、将門もここに住んでいたというが、相馬御厨の成立とは時代が異なる。
香取神社②(高柳)
庚申塔群 《地図》
ここは変則三叉路の真ん中で、交通事故防止の道祖神になっている。4基とも青面金剛像で、右から元禄10年(1697)、宝永4年(1707)、享保7年(1722)、昭和61年の建立。右端は道祖神(宝暦6年(1756))。右の後方奥に勢至菩薩(元禄8年)の祠がある。
この駅は初めてだ。もっとも船橋駅から柏駅間はあまり乗ったことがないが。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 坂道散歩(2023年11月~)追加分(2023.12.14)
- 「歩いた坂」追加分(2023.12.10)
- JR京浜東北線を歩く①(2022.10.22)
- 大落古利根川・中川を歩く(2023.11.22)
- 柴又街道②(2023.11.21)
この記事へのコメントは終了しました。


























コメント