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2020年6月 1日 (月)

将門散歩(佐倉市・酒々井町・市川市)

2020年5月28日

大佐倉駅(京成本線)・・・麻賀多神社・・・大佐倉八幡神社・・・将門山大明神・口ノ宮神社・・・桔梗塚・・・大佐倉八幡神社参道・・・吉祥寺・・・根古谷の双体道祖神・・弁天社・・・根古谷の館・・・妙見神社・・本佐倉城址・・・道標・・宮坂新道標石・・(京成本線ガード)・・・勝胤寺・・宝珠院・大佐倉小学校跡・・・住善寺・・・大佐倉駅(京成本線)→京成八幡駅・・・不動院・・・白幡天神社・・・浄言寺・・御代院・・・菅野停留場設置紀念碑・・菅野駅(京成本線)

  【地図】 (将門散歩

Img_8128大佐倉駅

小さな駅で、京成線の駅では最も乗降人員が少ないというが特急も停まる。どうも「大佐倉」と「本佐倉」を取り間違えやすい。

 
Img_8130麻賀多神社参道

 
Img_8131麻賀多神社

佐倉市には麻賀多神社が11社もあるようだ。左の馬頭観音の祠の前のスダジイは樹齢150年以上で佐倉市の保存樹。

 
Img_8139裏(北)参道の急な石段(下は京成線の線路)

危険なので利用しないように、との掲示板が架かっている。

 
Img_8141大佐倉八幡神社へ抜ける道

この道は参道ではないだろう。

 
Img_8146大佐倉八幡神社

将門の父の平良将(良持)が居館を構えた地ともいう。この神社の創祀は不明だが、明応3年(1494)に本佐倉城主千葉勝胤から、弘治3年(1557)には千葉胤富から田地が寄進されたと伝え、本佐倉城の鎮守のひとつであったと考えられている。本殿は佐倉市の指定文化財。

 
Img_8147_20200530215301境内林

樹齢170年以上のシイ、スギなどで佐倉市の保存樹。


Img_8161将門山大明神・口ノ宮神社

将門と義民の佐倉惣五郎を祀る。ここ将門山は将門が館を構えた地という。鳥居の前にあるという佐倉藩初代藩主堀田正亮が植えたマテバシイを探したが、どうも見当たらない。帰ってから調べたら枯れてしまったようで、2代目の若木が植えられているそうだ。運よくこの若木の写真は撮ってあった。

 
Img_8149説明板

 
Img_8157堀田正亮が植えたマテバシイの2代目だろう。

 

Img_8163桔梗塚

将門を裏切った愛妾・桔梗の前の墓だという。この地には桔梗の花は咲かないという伝承がある。何の大木だろうか? このあたりは「将門町」という地名だ。

 
Img_8165歌碑

「花もなくしげれる 草の桔梗こそ いつの時世に花の咲くらん」、(伝承)は要らんよ。

 
Img_8166大木?倒木?

絡み合って凄まじい格好になっている。まさに「なんじゃもんじゃの木」だ。

 
Img_8170大佐倉八幡神社参道

ここから社殿まではかなりある。敷地も広大だろう。

 
Img_8171吉祥寺

佐倉五か寺」の一つ。ここは酒々井町だ。

 
Img_8176根古谷の双体道祖神

「子孫長命祈願」と彫られているそうだ。年代は不詳。この写真は『成田街道④』でも撮ったのだが、すっかり忘れていた。毎度のことだが。

 
Img_8180弁天社

 
Img_8181弁天様もちゃんと坐らした。

 
Img_8186本佐倉城跡

総面積は35万㎡と広大だ。

 
Img_8188説明板

成田街道を歩いた時は、ここまで来たが登城はしなかった。

 
Img_8191妙見神社

元はこの上部の城郭内に建っていた。ここの左側から登城する。

 
Img_8201一本杉?

 
Img_8212主殿跡

 
Img_8215矢立の模型が並んでいる。

 
Img_8219北方向

京成線が通る。筑波山も遠望できるというが、今日はだめだ。

 
Img_8226道標(右下)


Img_8227右側面 


Img_8234京成本線ガードをくぐる。

ガードの手前の左側にも「宮坂新道」完成記念標石(昭和40年)が立っている。

 
Img_8244勝胤寺

享禄元年(1528)、千葉勝胤の創建という。将門と天女との「羽衣伝説」の寺。羽衣伝説の「千葉石」は延長8年(930)、千葉一族祝宴の最中、天空より落下したともいい、この石を観て「千葉石」と命名せよとの後醍醐天皇の勅号があり、これが千葉氏の発祥といわれている。

 
Img_8251千葉水

千葉勝胤愛飲の水とか。

 
Img_8249千葉家供養塔(17基)

中央奥の宝筐院塔が千葉勝胤の供養塔。

 
Img_8254宝珠院

佐倉五山の筆頭寺。千葉家の祈願寺で、江戸時代には佐倉藩堀田家から、将門山に8町歩の寺領を拝領していたという。境内に「大佐倉小学校跡 明治5年)」の木柱が立つ。

 
Img_8255説明板

 

大佐倉駅から京成八幡駅に向かう。タイミングよく特急に乗れたのだが、勝田台駅の手前の踏切で人身事故で数十分停車、やっと動いたと思ったら勝田台駅で運転中止で降ろされてしまった。後続電車もかなり遅れたが何とか京成八幡駅にたどり着いた。

Img_8262不動院

本尊の不動明王は、天慶2年(939)、将門の乱平定のため寛朝僧正が、成田山の不動明王と同木同作のものを、この地に安置したと伝えられている。

 
Img_8273白幡天神社

菅原道真と将門は怨霊同士の間柄。また道真の子・三郎景行の景行の館(学問所)で、将門の弟・将平が学問に励んだという縁もある。常総市(茨城県)には三郎天神社もある。

 
Img_8271説明板

 
Img_8272幸田露伴文学之碑(境内)

晩年に近くに住んでいた。露伴の葬儀はここで執り行われた。 『平将門』(青空文庫)、将門の怨霊の登場する『帝都物語』でも活躍している。谷中墓地のそばにも居宅跡がある。『将門散歩(台東・千代田・新宿・中野)』

 
Img_8275浄言寺

 
Img_8280御代院

将門調伏に功績をたて、将門とその将兵を生涯弔うために、この地に留まった菅野夫妻を祀った祠。祠内に墓標を安置する。

 
Img_8276説明板

 
Img_8282松並木?

このあたりにはノッポな松が何本もそびえている。

 
Img_8284石渡商店

 
Img_8291菅野停留場設置念道標(大正5年)(京成線の踏切前)

中央は駅設置の発起人の一人の「瀬戸彦八翁頌徳碑」だそうだ。

これで今日の予定は終了した。京成線で京成高砂駅に出て、北総線に乗り換えるつもりが、なぜかまた京成高砂駅から京成線の下りに乗ってしまって逆戻りしてしまった。将門の祟りはまだ続いているようだ。

 

 

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