2020年6月5日
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【地図】

コーロ塚
各地にある
ダイダラボッチ伝説のひとつだろう。
説明板
デーデーッポの卵?
ただのガスタンク
菊間八幡神社参道
両側の樹木が伐採されている。

社殿

保存樹のイチョウ
朽ちかけて凄まじい姿になっている。

カラスが頭上近くを、「カアー、カアー」と何度も旋回して不気味だ。縄張りから追い払おうとしているのか?

新坂を上る。
明治初期に造られた新しい軍用道路。

説明板

坂上方向
戒誓寺

千光院

大六天の鳥居
大木の右下奥の方に上部が見える。

大六天神社
由緒など分からず。

八坂神社への坂
坂上に鳥居が立つ。

八坂神社
小さな社だった。

馬坂公園

古市場橋から
村田川(下流方向)

姫宮公園
ここから姫宮古墳へ上れるというが、金網フェンスが張めぐされて、扉の所も鍵が掛かっていて入れない。フェンスをよじ上ろうとも思ったが、時間もあることだしゆっくり馬坂を上って迂回路を探すことにした。

馬坂を上る。
福寿院
姫宮古墳
菊間古墳群の6世紀築造の全長47m(説明板は51m)の前方後円墳。

説明板と標石やっとここにたどり着いた。

説明板

菊間古墳群位置図

北野天神山古墳(権現山古墳)
5世紀末頃築造の全長約90mの前方後円墳。標柱では全長41mの円墳とし、前方後円墳の可能性もあるとする。

標柱
東関山古墳
5世紀後半の全長約61mの前方後円墳。

標柱

竹林の間の坂を村田川まで下る。
これが平親皇将門が菊間に居城を作り北野と称し、平親王山の麓の坂を「
塔の坂」と呼ばせたりしていたという伝承地あたりか。かつて竹藪の中に将門の供養碑という古碑があった。土地の人が風邪をひいた時、碑頭を下ろし平親王に祈願した。快方に向かうと碑頭を元に戻して、御礼したという。この古碑は宝筐院塔で、現在は上総国分寺の仁王門前にある。将門の時代の物ではないが。次回に訪ねる。『
将門散歩』
菊間新皇塚古墳跡あたり
4世紀後半の前方後円墳だった。

菊間天神山古墳
5世紀末築造の全長約40mの前方後円墳。将門の乱(承平天慶の乱)の首謀者の一人、
興世王の屍を埋めた所という伝承もある。

説明板

天神祠
蒸し暑い中、樹木や雑草に覆われ、藪蚊と蜘蛛の巣を払いながらの古墳巡りは疲れた。村田川沿いを進み高島橋を渡って千葉市に入り、神明神社に寄り浜野駅に向かった。
神明神社

社殿
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